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森林大国・日本

榊原英資 (財)インド経済研究所理事長、エコノミスト

 日本の森林率(国土全体に対する森林の割合)は68.2%と、先進国の中ではフィンランド(73.1%)、スウェーデン(68.9%)に次いで世界第3位にランクしている。かつて多くのヨーロッパ諸国は森に覆われていたが、11~12世紀の「大開墾時代」に大森林を次々牧場や小麦畑に変えていったのだった。その結果、現在では、ドイツの森林率は32.7%、フランス31.2%、イタリアは31.8%と森林の割合は3割程度になってしまっている。

比叡山延暦寺の根本中堂=2014年6月、大津市

 日本の森林率が高い理由の1つは、森が日本人にとって神聖な場所だったからだといえるのだろう。日本に仏教が伝来したのは6世紀の初めだが(日本書記によると552年、元興寺縁起などでは538年)、真言宗も天台宗もいわゆる「密教」、森の奥深くに総本山を置いたのだった。天台宗総本山は比叡山延暦寺、真言宗総本山の高野山金剛峯寺。いずれも山奥深くひっそりとたたずんでいる。ヨーロッパでは森は魔女が住んでいたり、ロビン・フッドのような義賊の生活する場で、日本のように神聖な場所ではなかった。それ故、森を切り倒して小麦畑や牧場にすることに何も躊躇もなかったのだろう。

森と水の国

 日本は欧米に比べ森林率が高いだけではなく、雨量も多く(2014年の日本の降雨量は1668mm)、イギリス(同年1220mm)、フランス(同年867mm)、ドイツ(同年700mm)、イタリア(同年832mm)に比べ2倍前後になっている。

 高い森林率と少なからぬ雨量は、日本の国土に多くの豊かな河川をつくっている。日本の主な河川で最も長いのは信濃川で、これに利根川、石狩川が続いている。山や森が多く海までの距離が短いため、日本の河川は世界の河川と比べてきわめて急峻。アマゾン川やミシシッピ川が広い平野を緩やかに流れているのとは対照的だ。しかもナイル川やアマゾン川に比べて長さが非常に短く、もっとも長い信濃川でもナイル川の6%弱しかないのだ。そして、日本の川が急峻で短いことは、清流が多いことももたらしている。日本が原産地である山葵は、清流に自生するアブラナ種の多年草。清流に生息する鮎も日本独特の川魚だ。

 森と水の国日本は、また、世界に例を見ない平和な国でもある。明治維新まで日本が戦った対外戦争はわずか3回、しかもそれも短期間で終わり、平安時代391年、江戸時代265年と、内乱もない平和な時代が計656年続いたのだ。こんな国は世界の中で日本だけ、世界の歴史や欧米の歴史は「戦争の歴史」だったとさえいえるのだ。

 では、なぜ日本だけが、かくも長きにわたって、平和を享受できたのだろう。理由はもちろん多岐にわたるのだが、たとえば、山折哲雄はその著作「日本文明とは何か」(角川書店、2014年)の中で次のように述べている。

 「細部にわたる枝葉は切りはらっていえば、(日本が長い期間平安を享受できたのは)要するに政治と宗教の関係が均衡を保っていたからであった。(中略)国家と宗教のシステムがうまくかみ合い、両者のあいだに深刻な敵対関係が生み出さなかったからではないか。(中略)宗教の側が政治の仕組みに対してあくことなき異議申し立てをしなかったということだ。そして国家もまた宗教の力を徹底的に殺ぐまでに、これをコントロールする企図をもつことがなかった。それが結果として経済の安定をもたらし、社会の秩序を保つことに役立つためではないか」

金堂、根本大塔などが立つ金剛峯寺の壇上伽藍=2015年1月、和歌山県高野町

 前述したように日本に仏教が伝来したのは6世紀の初めだが、この時、空海(弘法大師)等が中心となって、日本古来の宗教である神道と新しい宗教である仏教を巧みに組み合わせて「神仏習合」のシステムをつくっていったのだった。官中では最初の7日間(前七日の節会)は神道で、次の7日間(後七日の御修法)は仏教で儀式を行い、

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