ハーバード大学 VS フェイクニュース
「フェイク」と「ヘイト」が結びついた現実に真っ向勝負を挑む
松本一弥 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

ホワイトハウスのローズガーデンで演説するトランプ米大統領=2018年10月、ワシントン、ランハム裕子撮影
正しい情報よりも速く、多くの人に伝わってしまう
「フェイクニュース」。この言葉を目にしない日はないような時代を私たちは生きている。
とりわけ2016年にトランプ米大統領が誕生する前後から、民主主義社会に組み込まれていたはずの「理性」という名の制御装置が外れたかのように偽情報は暴走を始め、様々な混乱や問題を現実の社会で引き起こすようになった。
もちろんフェイクニュースに接したすべての人がその内容をそのまま信じるというわけではないが、偽の情報を信じ込んだ男性が発砲事件を起こしたり、デマに翻弄(ほんろう)された人々が増えて結果的にコミュニティーの分断が進んだり、はたまた「サイバー攻撃」の一環としてフェイクニュースが国家によって利用されていると指摘されたりーーといった具合だ。利用者自身が自らの考えや情報を発信できるポジティブな側面をはるかに超える形で、ソーシャルメディア(SNS)のネガティブな影響は広がるばかりだ。
2016年の米大統領選では、ロシアがトランプ陣営を有利にするための工作の一環として介入した「ロシア疑惑」が浮上。「情報戦争」の名のもと、ロシアのプーチン大統領とつながりがあるとされる企業「インターネット・リサーチ・エージェンシー」(IRA)が、フェイスブック(FB)やインスタグラム、ツイッターやウェブサイトを悪用、米国人や米国のグループを装ってSNSに偽情報を流すなどして米国政治の分断を図ったと、マラー特別検察官は4月、捜査報告書の中で指摘した。
他方、焦点となっていたトランプ大統領が捜査に介入したとされる司法妨害疑惑については「証拠不十分」と結論づけられたものの、あの手この手で捜査を何とか止めようと躍起になるトランプ大統領の姿が報告書の中から浮かび上がる結果となった。それでも、膨大なフォロワー数を誇る当の大統領は報告書の内容を「いかれたマラー報告書」「でっち上げで完全な誤りだ」などとお得意のツイッターで批判。気に入らないメディアを「フェイクニュース」と名指しして徹底批判するやり方で「何が正しくて何が虚偽か」をめぐる人々の認識に揺さぶりをかけ、連日のように「メディア不信」を煽(あお)っている。
「ネット上の誤情報は、正しい情報よりも速く、多くの人に伝わってしまう」
そんな調査結果が米マサチューセッツ工科大学の研究チームによって報告された(注1)。デマや偽の情報自体はローマの昔から今日まで延々と繰り返されてきたとはいえ、伝達スピードと拡散範囲が飛躍的に高まったフェイクニュースは「真偽は二の次」「退屈なファクトに用はない」とばかりに蔓延(まんえん)、そのマイナスの影響は拡大していくばかりだ。
「フェイク」と「ヘイト」が結びつく
ただ、ネット空間にはびこっているのはフェイクニュースだけではない。人種や性的マイノリティー、国籍などに絡んで差別をあおる過激なヘイト(憎悪)表現も横行しているのが現状だ。
ヘイトにまみれたフェイクニュースは、特定の個人の尊厳や人格を深く傷つけて苦しむ人々を具体的に生み出すとともに、自分たちにとって都合のよい偏狭なナショナリズムを使ってさらなる差別感情を煽りもする。「メディアが報道しない不都合な真実」。そんなまことしやかな「陰謀論」もこうした拡散の波に乗り、不満と不安を抱える人々の心に音もなく入り込む。
「フェイク」が「ヘイト」と結びつき、日々肥大化する苛烈(かれつ)な現実。こうした深刻な現象にいかに向き合い、どう抗(あらが)っていくか――。
フェイクニュースだけをレストランの「単品メニュー」のように切り離して扱っていたのでは見えてこない喫緊の課題がそこにある。
そんな「フェイク」と「ヘイト」双方を見据えた研究に精力的に取り組む専門家に意見を聞こうと、米国マサチューセッツ州ボストン近郊にあるハーバード大学を訪ねた。