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「右派メディアが突出した二極化」が進んだ米国

ハーバード大学のロバート・ファリス氏が大著の中で明らかに

松本一弥 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

大著「NETWORK PROPAGANDA」

ハーバード大学バークマンセンターのリサーチディレクター、ロバート・ファリス=同大学の研究室ハーバード大学バークマンセンターのリサーチディレクター、ロバート・ファリス=同大学の研究室

 米大統領選を題材に、ツイッターやフェイスブック、テレビ、ユーチューブなどで展開された膨大な量のニュースや書き込み、映像内容を徹底分析することを通して、「米国の政治的コミュニケーションがいかに形作られてきたか」をめぐる包括的な全体像やジャーナリズムが抱える問題などを462ページからなる大著「NETWORK PROPAGANDA」(注1)にまとめたのが、ハーバード大学バークマンセンターのリサーチディレクター、ロバート・ファリス(59)だ。同僚研究者のヨハイ・ベンクラーやハル・ロバーツとの共同執筆で、10年がかりで研究に取り組んだ。民主政治をめぐる世界的な危機の根源を診断し、潜在的な解決策に対する新しい知見や方法を提供することもうたった。

 同書の中でファリスらは、メディアとそれを取り巻く環境について「メディアエコシステム(生態系)」という言葉を使いながら深く分析。その結果、米国では右派メディアだけが極端なまでに突出し、左派メディアとは非対称の形で増殖を繰り返すことで米国社会の二極化が進んできたことを突き止めた。

 右派メディアが他のメディアとは隔絶する形で独自のメディアエコシステムを作り上げたことについては、ファリス自身が今回のベンクラーやロバーツ、さらにはMITシビックメディアセンター長のイーサン・ザッカーマンとともに行った先行研究がある(注2)。2016年の米大統領選を仕切り、トランプ政権発足後は大統領首席戦略官として大統領を支えたスティーブ・バノンが会長を務めていた米右派系ニュースサイト「ブライトバート」を素材に深掘りして調査したが、「NETWORK PROPAGANDA」はこの内容を踏まえたものだ。

 ハーバード大学でテクノロジーと社会変化についてリサーチするプログラムのディレクターを務めるジョーン・ドノバンは「『NETWORK PROPAGANDA』ほどのボリュームと質でフェイクニュースやヘイトスピーチについて取り組んだ研究書はほかにはない」と称賛を惜しまない。

「長く知的な旅だった」

 ファリスの所属するハーバード大学バーグマンセンターは「有害なスピーチに関する研究に寄与するような調査や政策分析」を進めるほか、「インターネットがいかに社会に影響を与えるか」などの研究テーマにも取り組む組織だ。同センターでリサーチディレクターを務めるファリスは「世界中から膨大な量の多様なデータを集め、それらをもとにさらにまた膨大な情報を収集して10年がかりで分析し、この本をまとめました。2016年の米大統領選の前から、メディアと受け手、視聴者がどういう関係にあったか、メディア同士の関係はどうかなどの点に関して研究を進め、2018年の最新のデータも盛り込んだ著作です」と話す。

 「基本的には2017年に僕が書いたリポートがあって、それをもとにこの本をまとめたのですが、もちろんほかの2人も互いの原稿にはがんがん手を入れています」とファリス。同書はまたマサチューセッツ工科大学(MIT)のCenter for civic mediaとハーバード大学バークマンセンターとのコラボが結実した成果でもあり、同書の中では「コンピューターを駆使してデータ主義で分析していくMIT流の手法の影響も受けた」という。

 本の冒頭に掲げられた「謝辞」にファリスはこう書きつけた。

 「(筆者である)私たち一人ひとりにとっては長く知的な旅でした」

「非常に対称性を欠いた二極化」が進行した

「NETWORKPROPAGANDA: MANIPULATION,DISINFORMATION,AND RADICALIZATION IN AMERICAN POLITICS」「NETWORKPROPAGANDA: MANIPULATION,DISINFORMATION,AND RADICALIZATION IN AMERICAN POLITICS」

 「もともと量的なメディア分析というものに非常に興味があった」というファリスらが網羅的な調査研究に取り組んだところ、「非常に驚くべき結果が出た」という。

 ファリスは語る。

 「米国社会が二極化しているということは以前からわかっていて、それ自体は驚くべきことではないのですが、問題はその二極化の中身です。メディアにおける一方の極と他方の極、右派メディアと左派メディアのバランスがまったく取れておらず、右派メディアだけが非常に対称性を欠いた中、極端なまでに突出し続けたということがデータの分析からはっきりしたのです。研究者としてはその点こそが最も大きな驚きでした」

混乱と不信をまき散らした張本人

 同書は述べる。

 「2016年の大統領選における我々の貢献は、米国の広範なメディアエコシステムに混乱と不信をまき散らした張本人として、右派メディアのエコシステムにスポットライトを当てたことだ。(中略)ハイパーリンクやツイッター、フェイスブックのシェア状況をみても、右派メディアエコシステムに及ぼされる影響というものは極端に右寄りで、異論は完全に遮断されており(ほとんどなきに等しい)、中道右派から極左にいたるまでのネットワーク情報など入る隙間もないほどだ」(注3)

 同書の中で展開した分析の精度と深さにもファリスは自信をみせ、こう書いた。

 「二極化を語るということは、対照的な関係を描くということだが、3年以上の歳月をかけて400万件ほどの政治ネタをめぐるリンクやつぶやき、シェアされている状況を分析した結果、右派のメディアエコシステム内部とその外側のコミュニケーション構造やダイナミクスを比べた場合、そこにはまったく対称性がないということが明らかになった。この事実を我々の分析以上に明確にあぶり出したものはない」(注4)

 こうした記述を踏まえ、ファリスは語る。

 「右派メディアも左派メディアもそれぞれの立場でフェイクニュースを生み出してはいるのですが、左派メディア側においては左側のセンサーシップというかチェック・アンド・バランスが働いていて、そうしたフェイクニュースを駆逐する方向に動く。これとは対照的に、右派メディアの側は逆に『これはいける』と思ったらそれを重点的に取り上げてフェイクニュースをさらに拡大させていく特徴がみてとれるのです」

右派メディアの中で起きた「過激化」  

 同書の中でファリスの鋭い指摘は続く。

 「右派メディアでは、中道や中道左派、左派メディアとはまったく異なることが起きていた」

 そう指摘している特徴の一つは「radicalization」(過激化)だ。

 「この(調査研究)期間を通じて観察できたことは、ほんの10年ほど前までは共和党の『顔』」でもあった人物に対し、右寄りの人気番組で公開処刑のような屈辱的かつ悪質な嫌がらせキャンペーンが執拗(しつよう)に繰り返されたことだ」(注5)。その具体例として挙げられているのが、父は第41代米国大統領のジョージ・H・W・ブッシュ、兄は第43代大統領のジョージ・W・ブッシュの弟、ジェブ・ブッシュだ。2016年の大統領選挙への出馬を正式表明し、その後撤退を余儀なくされたジェブ・ブッシュは、「インフォウォーズ」という番組で「ナチと親密な関係がある」などといった汚名を投げつけられたという。

 同書によると、このような急進的な動きを推し進める上では「インフォウォーズ」だけでなく「ブライトバート」など右派の極端な言論サイトが使われた。これらのサイトはいずれも「ジャーナリズムとして専門的で客観性のある規範やプロセスには従って」はおらず、すなわち勝手言い放題で罵詈雑言(ばりぞうごん)満載のサイトが使われた、というのがファリスらの認定だ。

メディアエコシステム全体を見る必要がある

トランプ大統領の顔が印刷されたシャツを着て集会に参加する支持者ら=2018年10月、米テキサス州ヒューストン、ランハム裕子撮影トランプ大統領の顔が印刷されたシャツを着て集会に参加する支持者ら=2018年10月、米テキサス州ヒューストン、ランハム裕子撮影

 メディア全体としては中間層がどんどん薄くなると同時に、突出した右派のメディアエコシステムが周囲と隔絶して肥大化の一途をたどった――。そうした一連の経緯に関しては、同書の中にふんだんに盛り込まれたグラフやマップを始めとする多くの実証データが雄弁に物語っている。

 こうした全体像を踏まえた上で、メディアをめぐる問題では何よりも「メディアエコシステム全体を見なければいけない」とファリスは強調する。そして「そこでは例えば政治関係者、メディア、そして受け手の三者がいわば三つどもえになっていろいろな現象が起きている。だからその中のどれか一つだけを手直ししようとしても到底うまくいかない」とみる。

日本の状況を重ね合わせて考えてみると……

 例えば右派メディアのテレビ局がフェイクニュースやヘイトスピーチを発信していると仮定してみよう。

 右派のメディアエコシステムには、特定のニュースに着目した右派ブロガーらがツイッターなどを使ってその内容を不特定多数に拡散し、それを受けた別の影響力を持つインフルエンサーが自らのフェイスブックで紹介するなど、同じエコシステムの中で、同一のフェイクニュースやヘイトスピーチが、「エコーチェンバー」(反響室)の中で互いに反響しあうような形で限りなく増幅されるーーという構図が存在する。

 このため、そうした全体像と構図を理解し、「何が本当に有効な手立てなのか」を具体的に検討していかない限り、最初に発信したテレビ局の姿勢だけを問いただして批判し、その報道姿勢を改めさせればそれで事態は改善に向かうと単純に考えるわけには到底いかないというわけだ。メディアをめぐる様々な問題は根深く、またそれらはそれぞれ相互に地下茎のようなもので密接につながっていることも示唆するもので、現在の日本の状況を重ね合わせて考えた時、極めて示唆に富む指摘だといえるだろう。

 「右派メディアは、自分たち独自のメディアエコシステムが必要だと意識的に考えたのではないでしょうか。それとは対照的に、同じようなパターンは左派メディアには見られないのです」とファリスは話す。なぜなら、左派系の言論サイトはニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストのような「伝統的なメインストリームのメディアサイト」と密接につながっているからで、「すべてではないが、これらのサイトのほとんどは長年のジャーナリズム的規範のもとでしっかりと運営されているか、あるいはそのような規範に沿った批判に対しては敏感に反応」し、仮に何かを間違えたと判断した際は速やかに軌道修正を行おうとするからだーーというのがファリスの見立てだ。

 歯止めがきかず、「過激化」も辞さない偏狭な右派メディアと、伝統的なジャーナリズムの規範が一定の歯止めになっているとみられる左派メディア。両者のありようは極めて非対称的というわけだ。

 ファリスは語る。

 「メディアの人たちの多くは中庸であったり、どちらかといえば左寄りの人たちが多い。その人たちは『どうすべきか』ということを常に考えている人々ですから、そこに任せしておけばといいとも思います。他方、右派メディアの人たちについてはなかなかそうはいかないという現実がある。もちろん右派メディアの人たちの中にも現状に危機感を抱き、『いや、このままではいけない』と考える人もいるにはいるのですが、そういう人たちは総じて右派の中で嫌がられ、片隅に追いやられてしまうということがあるのです」

既存のメディアに対しても厳しい目を向ける

ハーバード大学バークマンセンターのリサーチディレクター、ロバート・ファリス=同大学の研究室ハーバード大学バークマンセンターのリサーチディレクター、ロバート・ファリス=同大学の研究室

 右派メディアのありようをデータやファクトに基づいて徹底批判するファリスは同時に、既存のメディアに対しても厳しい目を向ける。それが「NETWORK PROPAGANDA」のもう一つの特徴だ。

 「崩壊してしまった今のメディアシステムをしっかりと修正する方向に社会はもっと重心をシフトすべきだ」(注6)。同書の中でそう指摘するファリスは「米国という国で物事をきちんと正確に伝えるというのは非常に難しい」と前置きした上でこう話す。

 「フェイクニュースをめぐって私たちの研究から導き出された結論は、ほかの人たちがいっている内容とはずいぶん異なるものです。つまり僕たちの結論は、ネットに蔓延するフェイクニュースは実はそれほど大きな問題ではなく、それよりもむしろ既存のメディアが間違った情報をたれ流してしまうことのほうがもっと恐ろしいのではないかということです」

 既存のメディアにとっては非常に厳しい指摘だが、「米国のメディアエコシステムはもう壊れている、機能していないのだという現実を突きつけて、みんなに考えてほしいと思った。そういう問題提起としてこの下りを書きました」とファリスは解説する。

両論併記をやめよ

 既存のメディアが抱える問題点の一つとして、ファリスは「両論併記」にまつわる問題を挙げる。「一方の意見と、それと対立する他方の意見の両方を持ってきて、読者の前に『はい、どうぞ』と提示するというやり方は常に正しいわけではないということです」とファリスは語る。

 ファリスがその実例として挙げるのは、地球温暖化対策を嫌うトランプ氏とそれをめぐるメディアの報道のありようだ。

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