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ブロックチェーンとトレイサビリティ

食の安全を守るため新技術の活用に期待が集まるが…

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

トレイサビリティとは?

 トレイサビリティとは、「農畜産物の生産者や生産過程の情報、食品の加工・流通に関する情報を記録・管理することによって、食品の履歴や所在についての情報を、川上、川下の双方から追跡可能とするシステム」である。

 トレイサビリティがなされていれば、安全性などの問題が発生したときに原因を速やかに特定できるし、問題の商品だけを迅速に回収でき、他の商品は安全なルートで供給することが可能となる。

 具体的な例で示すと、加工場段階でヨーグルトに雑菌が混じってしまったために、食中毒事件が起きたとしよう。このヨーグルトを販売した小売店がどの牛乳乳製品メーカーから購入し、それがどの加工場で製造されたかを、トレイサビリティで川上に向かって追跡することができる。この問題が、その工場で特定の日に温度管理に失敗したために起きたとわかれば、その日その工場で製造された全てのヨーグルトを他の小売店への販売分も含め回収することができる。

 品質に関する問題についても、内容属性(食品添加物がどれだけ含まれているか)や生産・プロセス属性(有機農産物かどうかはモノだけでは判定できない)について、消費者が購入時に商品の属性を確認できないような場合においては、トレイサビリティによって属性が明らかとなるような仕組みを設定することが可能となる。

 トレイサビリティは問題が生じた場合に原因をさかのぼって何が問題を起こしたのかを特定することに主たる目的があるので、生産・加工・流通の各段階において記録が保持されなくてはならない。これには大きなコストがかかる。

 このようなコストは生産と消費の距離が長くなればなるほど、また介在する事業者が多ければ多いほど、高くなる。表示のためにトレイサビリティを導入する場合には、取引の各段階や加工、包装、保管、出荷において識別や記録保持が必要となる。しかも、流通の各段階で正しい記録が行われたかどうかを突合するためには、膨大な手間とコストがかかる。

 このため、生産者や輸出国はコストが増加することを理由にこのような規制の導入に反対するのが現状である。

 しかし、ブロックチェーン技術を応用すれば紙ではなくコンピューター上で簡単にデータ管理を行うことができ、またブロックチェーンは記録の記入について不正がほとんど起こらないようなシステムなので、このような問題は大幅に軽減できる。

 この点も、私がブロックチェーンに注目した理由である。

拡大Andrey_Popov/shutterstock.com

農産物や食品の付加価値向上には一定の成果

 このようにトレイサビリティは本来食の安全性を向上させようとする試みである。

 しかし、世界中の農業や食品業界の人達が関心を持っているのは、消費者は誰が作った食品かを知りたいという欲求を持っているので、トレイサビリティを活用することによって、その農産物や食品の付加価値を向上させようという動機からである。

 特に、有機農産物の生産者にとっては、有機かそうでないかは農産物自体では判定できず、トレイサビリティによるしか手段がないので、トレイサビリティに対する期待が高い。また、全米有数の小売業者であるウォルマートがIBMや大学等の研究機関と共同して、ブロックチェーン技術をトレイサビリティに活用しようとしているのは、主としてこの目的からだろう。

 ウォルマートがブロックチェーンを適用しようとしているのは、レタスやホウレンソウのような葉物野菜についてのトレイサビリティである。

 日本でも、ブロックチェーンの応用ではないが、冷凍野菜の加工企業が、傘下の農家から自己の加工場を経てスーパーまでのフードチェーンについて、バーコードによってトレイサビリティを明らかにしようとしている取り組みがある。

 今年2月のアメリカ農務省のフォーラムで発表した牛肉農家は、自分で生産した牛肉を台湾に輸出・販売する際にトレイサビリティを使っていると主張していた。

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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