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この娘(津田梅子)にしてこの父(津田仙)あり

新5千円札の表面の人物となる津田梅子の父は農業保護政策を批判した国際派だった

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

自主自立の精神に立った農水省不要論

 津田は、民間の事業は事業家が自主自立の精神によって切り開くべきであり、政府が農業を保護すべきではないと主張する。農商務省(今の農林水産省)の保護政策は民間による農業振興・発展を阻害していると言うのである。

農商務省が今日迄の経歴に於てその保護の跡を尋ねて当初の目的を達したるもの実に何物かある。我輩は茲に農商務省の廃置を論ぜんとするに非るも、従来農商務省の保護政略が民業を妨げたることは論者と共に其非を鳴らさざるを得ざるなり。凡そ民業の発達は事業家が自家の力に依頼し全幅の精神をその事業の上に注ぎて初めてその功を見るべきものなり。然るに政府が保護を与うるの弊は、或は事業に熱心ならざる人に浮利を博するの投機心を発せしめ、或は自立の精神なき人に起業の依頼心を生ぜしめ、結局受恵の事業は終始真面目に之を従事するものにあらざるが故に、其事業の結末を見ることを能はざるのみならず、他の誠実なる事業家を害し遂に国家全体の民業を衰退せしむるに至る。(『農業雑誌』[1890]第三七四号 注:原文に句読点がないため、句読点は筆者が行った。以下同じ)

 保護政策が民業の発達を妨害している例として、津田は民間の農会組織(農業団体)が必要であることは認識するが、現実の組織は農商務省の役人によって運営されており、民間の事業者の創意工夫を排除していると批判する。

 実際、農会におけるかなりの役職は農商務省の役人で占められていた。明治政府は、帝国議会の選挙権のほとんどを持っていた上層農や地主が民間の政党と結びつくことを懸念し、彼らの関心を農事の改良に集中させるとともに政府官僚組織に結び付けようという意図をもって、農会の組織化を推進していたのである。

 津田もこのような事情は承知していたのだろうか、欧米の民間組織と異なり、農会は官主導であるので発展しないと批判している。

茲に政府の保護の実功なき手近なる一例として大日本農会を見るべし。同会はその創立の初めより農商務省の懐ろに育てられ、多分の養育料を得て其保護は農商務省の官吏がその任に当られ、流石に官辺の余光を以て一時は八千余人の会員を名簿に登せたりと雖も、斯る装飾的の農会は決してその景気を永年に維持すること能はざるなり。今や其会員は漸く前年の半数にまで減じたり。今日の衰微は決して世の不景気によるものにあらざるなり。唯斯る組織の農会が今日の社会に不適当なるに由れるのみ。我輩かつて之を論じたることあり。曰く凡そ上より干渉して成りたるものは至極体裁はよろしくして一時は盛んなるが如きも、到底久しきを保ちて益す益す成長する如きものにあらず。実に国家に益ありて次第にその繁栄をみるは当業者が熱心を以て結合するにあり。欧米諸国の農会及び農業俱楽部の如きものは渾て官辺の人の手によりて漸く成りたるものに非るなり。即ち資産に富むの有志者は之が為に多資を投ずるを惜まず又事業熱心家は其協同によりて互に相益せんとして力を尽すを惜まざるなり。我輩は実に我邦に農会の盛んなるに至らんことを切望せり。然れども官辺の夤縁に依りて漸く立ち万事御役所風の農会を見るを悦ばざるものなり。(『農業雑誌』[1890]第三七四号)

 農会は民間の農業者が設立・運営している組織ではなく、その設立に努力した品川弥二郎も農商務省の役職を離れた途端、農会とは関係が切れてしまっていると指摘する。

此大日本農会の性質を見れば不幸にして素と民間農事熱心家が奮って之を設立し之を維持するものに非らざるなり。即ち之が創立者は農商務省の官吏なり。其役員となりて事務を主催する者も官吏なり。又其事務を扱ふ所の顔ぶれを見れば貴顕若しくは府県知事の如き人物なり。斯の如く其設立の初めよりして実業に従事する所の熱心家より成りたるものに非ず而して、その設立の当初に最も拮据尽力せられたる品川弥二郎氏その人にして即ち該会の幹事長たりしが、一朝氏は農商務大輔の職を去られしと共に今は農会には殆んど関係なき局外の人なるが如し。(『農業雑誌』[1890]第三六九号)

 傳田功滋賀大学名誉教授は津田の思想を次のようにまとめている。

津田仙ないしは学農社の人々にとって、農民における不羈独立の気性こそが日本農業を発展せしめる根源であり、農民団体たる農会もまた官辺の余光に拠らざる自主的な農民の組織であって、始めてその機能を充分に発揮するに至るとなすのである。すなわち彼等においては、中央集権的な政策目的のために、生産者ないし実業者の自由独立の積極的な生産活動や企業行為が拘束されることが、政府保護政策の害悪として批判されるのである。(傳田『近代日本農政思想の研究』未来社[1969]P96参照)

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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