メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

「陰謀論」は不安を抱えた心に忍び込む

ファクトチェックの記事が出る前に「トンデモ発言」は光のような速さで拡散してしまう

松本一弥 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

「影の政府が世界を支配している」

詰めかけた支持者の前で演説するドナルド・トランプ氏=2016年5月、米ウェストバージニア州チャールストン詰めかけた支持者の前で演説するドナルド・トランプ氏=2016年5月、米ウェストバージニア州チャールストン

 フェイクニュースとともに米国社会の一部にはびこるものに「陰謀論」がある。

 「ディープステート(影の政府)が世界を裏で支配している」などといった荒唐無稽な内容もその一つだ。試しに「陰謀論(Conspiracy Theories)」、「ベストセラー(Best Sellers)」とキーワードを打ち込み、グーグル検索をしてみれば、たちまち数十冊もの本がリストアップされてくるだろう。

 むろん、こうした「陰謀論」をすべての人がまともに受け取っているとは到底思えない。だがフェイクニュースが横行する中、まことしやかな「陰謀論」に言及した本がベストセラー入りしたり、政治的に過激な発言を繰り返すテレビキャスターやラジオのパーソナリティーが絶大な人気を集めたりするのはなぜなのだろう。

 その謎を解こうと、米国マサチューセッツ州メドフォードのタフツ大学を訪ねた。「ビジネスとしてのメディア」というテーマで、全米に広がるケーブルテレビやラジオのトーク番組、政治的ブログという三つの媒体を題材に、カリスマ性のあるキャスターらが高い視聴率を稼いで収益を上げるビジネスの実態を研究しているのが同大教授で政治学者のジェフリー・ベリー(71)だ。

 トランプ米大統領誕生以前の2014年、ベリーは「THE OUTRAGE INDUSTRY」という本を社会学者の同僚、サラ・ソービラージュとともに出版した(注1)。本の主タイトルは直訳すれば「憤激させる産業」といった意味だが、ベリーはそこに「非常な怒りを込めてつけた」という。

「押し入れのような小部屋に押し込まれ……」

タフツ大学教授のジェフリー・ベリー=同大学の研究室タフツ大学教授のジェフリー・ベリー=同大学の研究室

 ベリーがこの分野の研究に取り組もうと思ったのは、2004年の米大統領選の時に自ら体験した出来事がきっかけだった。

 「民主党のジョン・ケリーが大統領候補としてマサチューセッツ州から出馬を表明した時の話です。FOXテレビを代表するようなビル・オライリーという右派のキャスターが「自分の『ビル・オライリーショー』に出演してほしい」と私に電話をかけてきました。わたしは政治学者としてマサチューセッツの政治も研究していましたから、そういうオファーを受けるのは当然だと思って依頼に応じたのです」

 当日はマサチューセッツにある衛星ネットワークのスタジオから中継で番組に参加した。ところがいざスタジオに入ってみると、ベリーは「押し入れのようなものすごく小さな部屋」に押し込まれてしまった。「テレビのライトが強烈にあたっていてほとんど目が見えなくなるほどでした。それぐらいまぶしかったのを今でも覚えています」。

 部屋には小さなモニター画面が置いてあった。だが電源が入っていないのか、まったく映らない状態のまま番組が始まった。「キャスターのビル・オライリーはニューヨークのスタジオから私に向かってがんがん質問してきました。オライリーの顔はこちらからは見えなかったのですが、そんなことには一切おかまいなく、彼はものすごく強烈な質問を私に浴びせかけ続けた。『ジョン・ケリーが非常に不誠実なことをやっているでしょう?』といった具合で、一方的にジョン・ケリーを攻撃するような質問の連続でした」

「最初から悪者に仕立てようとした」

タフツ大学教授のジェフリー・ベリーが同僚の社会学者と書いた「THE OUTRAGE INDUSTRY」タフツ大学教授のジェフリー・ベリーが同僚の社会学者と書いた「THE OUTRAGE INDUSTRY」

 番組の収録が終わり、後日、自宅で放映された番組を見てベリーは仰天した。

 「テレビ画面には僕のヒゲづらの顔がアップで映されていました。ビル・オライリーの顔、ヒゲづらの私の顔、オライリーの顔、私の顔と、画面には交互に2人の顔が映ってはいたのですが私としては非常に分が悪かった。本当にひどいものでした」

 「この番組の作り方そのものが最初から僕のことを悪者に仕立て上げようと、あらかじめデザインされていたこともわかりました。僕が何を話そうと番組にとっては初めから関係ない、そんな印象すら抱きました。政治学者である僕にとって、こんなクズのような番組にはそれまでまったく関心すら払わなかったというのに……」

 その時、味わった屈辱感や怒り、そしていいかげんな番組制作に結果的に乗せられて出演してしまったことへの後悔の念や番組制作者らへの不信感が募ったあげく、「メディアビジネスの実態を本格的に調べてみよう」という気になったのだという。

 他方、

・・・ログインして読む
(残り:約3419文字/本文:約5262文字)