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ブレグジット 延期でどうなる?

EU離脱期限を半年延期。「合意なき離脱」は回避できるのか

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

EU臨時首脳会議後に記者会見する英国のメイ首相=2019年4月11日、ブリュッセル
 EUは4月11日の首脳会議で、4月12日の離脱期限を10月31日まで延期することを決めた。これでイギリスは4月12日に起きたかもしれない“合意なきブレグジット”は回避することができた。しかし、“合意なきブレグジット”が消えたわけではない。むしろ可能性としては、高まったかもしれない。

 今後ブレグジットがどうなるのかを探る上で、EU首脳会議の動きを簡単に説明しよう。

うんざりしていたEU幹部たち

 ブレグジットについてはイギリスの動向ばかりが報道されていたが、もう一方の当事者であるEUの意向や動向は、これに劣らず重要である。特に、期限の延長を認めるか、それをどこまで認めるかは、EUが判断する事柄であって、イギリスは希望を述べるだけである。

 首脳会議が開催される前から、欧州理事会(加盟国首脳によるEUの最高意思決定機関)のトゥスク常任議長(大統領に相当)、欧州委員会(EUの行政機関)のユンケル委員長、ブレグジットを担当するバルニエ首席交渉官らEUの幹部たちは、無条件で延長が認められるわけではなく、そのためにはイギリス側が(協定案の可決、ブレグジットの撤回など)具体的に何をしたいのか、(議会の解散・総選挙、再度の国民投票など)何をする予定なのかなど延期の理由をはっきりさせる必要があると主張していた。

 これほど事態をこじらせているイギリスに白紙委任などとんでもないというもっともな考えである。

 イギリスのメイ首相は、離脱期限を6月30日まで延期したいと申し入れた。しかし、メイ首相がEUと合意した協定案はイギリス議会から3度にわたり否決されており、それまでにこの協定案をイギリス議会に可決させ、これを実施するのに必要な法律等を整備することは、不可能と思われた。トゥスクによると、「信じられる要素はほとんどない」。

 また、野党である労働党との協議も開始したばかりであり、この協議結果を協定案に反映させ、それをEU側と交渉して、その結果できた新たな協定案をイギリス議会で可決するにも、とても時間があるとは思えなかった。

 このような客観的な状況の中で、もしメイ首相の希望を受け入れて6月30日まで延長したとしても、それまでには(合意なきブレグジットは別として)EUと合意した上でのブレグジットは実現できない。

 そうなるとEUはまた首脳会議を開いて、再度延長期限を決めなくてはならないことになる。既に、3月29日の当初の期限は一度延長している。二度目はともかく、三度目は決して認められない。

 トゥスク常任議長らは「これ以上イギリスに振り回されたくない。もういい加減にしてくれ。うんざりだ。“Enough is enough.We’re fed up”」と思ったに違いない。このため、延長は1年という長期とし、その間協定案をイギリス議会が可決すれば、その時点でブレグジットが実現されるという提案を行おうとした。

もっとうんざりしていたマクロン大統領

EU臨時首脳会議後、取材に応じるフランスのマクロン大統領=2019年4月11日、ブリュッセル
 しかし、もっとうんざり(“J’en ai assez”)していたのは、フランス大統領のマクロンだ。

 かれは、ブレグジットにEUが振り回され、必要なEUの改革が滞っていることに怒っていた。前回の延長の際も、ドイツのメルケル首相になだめられてしぶしぶ認めた。

 しかも、フランスには、ドゴール大統領がイギリスのEUへの加盟を二度にわたって拒否したという伝統がある。偉大な先輩であるドゴールを尊敬するマクロンは、「イギリスが出て行きたいなら、合意なきブレグジットでも何でも良いから、とっとと出て行け、これ以上EUに面倒をかけるな」という気持ちだったに違いない。

 他方で、アイルランドは、合意なきブレグジットが起こると、英領北アイルランドとの間に国境が復活することになり、アイルランド紛争が再発しかねないと心配しており、合意なきブレグジットはどうしても回避しなければならなかった。

 そのためには、イギリスに十分な時間的な猶予を与える必要がある。アイルランドはトゥスクの考えを支持した。というより、トゥスクがアイルランドの立場を考慮して判断したというほうが正確だろう。

 EU首脳会議前の状況は、トゥスクの考えに従って、1年程度の長期の期限延長を認めた方がよいという考えに傾く国は、イギリス(この問題については投票権限を持たない)を除くEU加盟国27カ国のうち17カ国だった。EU首脳会議の意思決定は全会一致なので、1カ国でも反対すると否決される。マクロン(フランス)が妥協しなければ、短期間の延長しか認められないか、最悪の場合期限延長自体認められない、ことになる。いずれの場合も、合意なきブレグジットは避けられない。しかも、マクロンは孤立していたわけではない。

 最終的には、マクロンもアイルランドの事情を考慮せざるを得なかったのだろう。しかし、トゥスクのような1年間の延長ではなく、これを半分の6ヶ月とし、10月31日までとした。理屈としては、大臣にあたる欧州委員の任期が10月31日までなので、それまでにブレグジットを実現し、新しい欧州委員会の体制はイギリス抜きで行おうということにした。もちろん、これ以前に離脱協定が可決されれば、その翌月の1日にブレグジットとなる。

 さらに、様々な条件をつけた。メイ首相を初めとする離脱派は、EUから離脱する以上欧州議会の選挙には参加しないという立場を採っていた。しかし、10月31日までイギリスがEUに留まるとすれば、EU法上イギリスも欧州議会の選挙に参加せざるをえない。このため、次の条件がつけられた。

 「イギリス議会が5月22日までに離脱協定を批准すれば、イギリスは5月23日から始まる欧州議会選挙に参加する必要はない。しかし、それまでに批准できない時に、5月23日の欧州議会選挙に参加しなければ、6月1日に合意なきブレグジットなる」

 5月22日までの批准は困難なので、これによって欧州議会選挙への参加は事実上不可避となった。イギリスの離脱派にとっては、大きな敗北である。また、離脱しようとするイギリスがEUの目標達成(重要な意思決定事項)を妨害するような行動は慎むべきだとする条件もつけられた。しかも離脱協定案についての再交渉はEUによって拒否された。

「円滑で秩序だった離脱」か「EU残留」か

 以上の経緯からすれば、10月末を超えてのさらなる期限延長はないと考えた方がよい。

 今度イギリスが延長申請しても、マクロンは応じないだろう。マクロンにとっては、

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