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沖縄から米国へ ジャーナリスト大矢英代のこと

初監督作品のドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」で受賞

松本一弥 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

最も思い出に残った米軍示談書問題

沖縄県知事選告示日の朝、米軍キャンプ・シュワブのゲート前では強い日差しの下、基地移設反対の座り込みが続いていた=2018年9月、沖縄県名護市拡大沖縄県知事選告示日の朝、米軍キャンプ・シュワブのゲート前では強い日差しの下、基地移設反対の座り込みが続いていた=2018年9月、沖縄県名護市

 報道記者として最も思い出に残ったのは、入社2カ月後に担当した米軍示談書問題だ。

 沖縄県国頭郡金武町の専門学校駐車場で、泥酔した米兵が学生の車約10台を壊した器物損壊事件だ。だが、被害者である学生たちを地元の交番に呼び出した米軍の弁護士は、警察に届け出た被害額が書かれた示談書を学生に提示し「これ以上損害賠償を請求しません」などという文言にサインをさせていた。損害賠償(民事)を解決しておくことで、刑事裁判の判決を軽くする手段として当時ひそかに行われていたことだった。「示談書」の存在とそれについての米軍の処理方法については、米軍絡みの事件事故が多発する沖縄でもほとんど知られていなかったという。

 この事件の数日後、加害者である米兵が専門学校に謝罪に来るという情報があり、大矢は取材に出かけた。当初、米軍はメディアが取材に来ることを嫌がり「今日は謝罪に行かない」などと言い出したため、学校側が「メディアは冒頭のアタマ撮りのみ」という妥協案を提示して米軍側を説得。米軍はその条件をのみ、学校側との会話が終わると報道陣に対し「では退席をして下さい」といってきた。

 「いや、出ません」。その時、大矢はきっぱりと拒否した。「示談書を持っているのであれば、また自分たちに問題がないというのであれば、メディアの前で書面を見せて説明して下さい」。退席する代わりに米軍にそう要求した。これに対し米軍側は「アタマ撮りだけのはずだ」と怒ったが、琉球新報や沖縄タイムスの記者たちも「示談書を見せろ」「ちゃんと説明せよ」といって大矢に加勢してくれ、その結果として大矢らは示談書の現物を撮影でき、また米軍がどのようなやり方でこれまで事件を「処理」してきたかを県民に伝えることができた。

日米地位協定の問題に直面

 大矢にとってはこの問題を取材したことが米軍絡みの事件事故を取材する第一歩となったが、その後米軍関係の事件事故を取材するたびに日米地位協定の問題が立ちはだかった。様々な事件処理とそれに伴う損害賠償請求についても、日米地位協定があるために被害者が苦しむという構造が続き、現在に至る。「今、私が米国で米軍の事件や事故の問題を追いかけるのも、やはり沖縄の現場で『日米地位協定に支えられた日米の負の関係性』を学んだからです」と大矢は語る。

 番組作りで思い出に残っているのは、2016年に放送した「テロリストは僕だった~沖縄基地建設反対に立ち上がった元米兵たち~」というドキュメンタリー。沖縄の米軍基地に駐留し、イラク戦争に参戦した元海兵隊員を主人公にした番組で、「日本人に対し、元海兵隊員のストーリーを通じて、米軍基地を抱えることで『他ならぬ自分たちが戦争に加担している』ということへの責任を問いたかった」。

 当時を振り返って大矢は語る。

 「徹底的な現場主義と、県民のための報道機関であること。それはQABで学び、骨身にしみついた姿勢です。そして取材を通じて、沖縄がこれまで歩んできた米軍基地との生活やその背後にある沖縄戦、社会の貧困と格差、本土と沖縄の間に横たわる大きな壁を知るほどに、現場に立つことの重要性と『報道を守る』ということがどれほど大事なのかを学びました」

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筆者

松本一弥

松本一弥(まつもと・かずや) 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

1959年生まれ。早稲田大学法学部卒。朝日新聞入社後は東京社会部で事件や調査報道を担当した後、オピニオン編集グループ次長、月刊「Journalism」編集長、WEBRONZA(現「論座」)編集長などを経て現職。満州事変から敗戦を経て占領期までのメディアの戦争責任を、朝日新聞を中心に徹底検証した年間プロジェクト「新聞と戦争」では総括デスクを務め、取材班の同僚とともに石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)大賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞した。早稲田大学政治経済学部や慶応大学法学部では非常勤講師などとしてジャーナリズム論や取材学を講義した。著書に『55人が語るイラク戦争ー9.11後の世界を生きる』(岩波書店)、共著に『新聞と戦争』(上・下、朝日文庫)。

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