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メイドへの家庭内暴力とサポートNGO

佐藤剛己 ハミングバード・アドバイザリーズ(Hummingbird Advisories)CEO

2018年1月、シンガポールでのワークショップ風景。中央はDouglasさん(JWB提供)

 「メイドに対し、食事をほとんど与えず、与えてもじょうごでの食事(コメと砂糖の混ぜ物)を強要し、自分の吐瀉物を食べさせ、トイレの使用を制限した。殴る蹴るの暴行は日常、家事は下着のままでさせ、ミャンマーの家族に通報したら家族を殺すと脅迫した」。

 これは今年3月、ミャンマー人メイドを雇っていたシンガポール夫婦によるものとして、裁判で明らかになった暴行の一端だ。別のメイドに対して同じ「前科」があったこの夫婦のうち、妻には47カ月、夫は24カ月の刑期が言い渡された。裁判で検察側は、「おそらく(シンガポールで)最悪」のメイド虐待事件と断罪した。

 メイド(住み込みのヘルパー。英語ではdomestic workerということも多い)への虐待は、いずれも当局が公表した時こそ、被告の顔写真付きでメディアが大々的に報道するが、独自取材物はすぐに「名誉毀損」で反撃されるため、全体像がなかなか明らかにならない。日頃、メディアを追いかけるだけで年に何件かの事例は出てくるので、シンガポールだけでも虐待事案は相当数あると見られる。今回は、旅行ガイドや富裕層向け雑誌には載らない話として、東南アジアで頻発するメイドへの家庭内暴力と、この問題に取り組むNGOにスポットライトを当てた。

 筆者が問題の深刻さを知ったのは、4年前にJustice Without Border(JWB)という団体に出会ったのがきっかけ。日本への留学経験もある米国人弁護士Douglas MacLeanさんが、2013年に創設したNGOだ。すでにシンガポールにはメイドの生活サポートをするNGOは多く存在するが、JWBは法的に弱い立場にあるメイドに代わり、雇用主への損害賠償請求を当該国で提起することでメイドの生活立て直しを目的に活動している。現在、メインにしている「当該国」はシンガポールと香港で、メイドの送り出し国としてインドネシアとフィリピンに力を注いでいる。東南アジア全般で扱えないのかと尋ねたら、「国によってメイドの送り出し、受け入れに関する法律が違うので、うちもすべてに対応することはできない」(Douglasさん)ということだった。

 創設以来、JWBに持ち込まれ、サポートの可能性を探ってリサーチしたケースだけで計654件(香港、インドネシア、シンガポールの3国、2019年3月末現在、以下同じ)。このうち、ケースとして扱ったのが114件(70件はすでに終了)に上る。後述するように、フルタイム・スタッフが限られる中、扱い案件数としては尋常でない。それだけ事態は深刻だと言っていい。JWBの許可を得て、いくつかのケースを紹介する。

Nisaのケース

 インドネシア出身のNisa(仮名)は、シンガポールの家庭で住み込みとして働いていたが、夫婦の娘からの虐待と、飼い犬から噛まれるなどの暴行を受けていた。雇用家族はNisaの治療を拒んだことから健康が悪化、一時インドネシアの家族の元へ帰国することになった。しかし、家族で唯一の働き手だったNisaは再び働きに出ることになり、今度はエージェントの紹介でマレーシアの奥地へ送られることになった。

 この案件を当初から追跡、Nisaをサポートしていたのが、JWBと提携するシンガポールのHumanitarian Organisation for Migration Economics(HOME)という別のサポート団体。HOMEから2018年初頭に連絡を受けたJWBは、Nisaのケースを検討、損害賠償請求に持ち込むことが可能と判断し、シンガポールの雇用主に対して請求を開始した。先方の弁護士を通じて雇用主が賠償支払いに応じたのは、半年以上経った今年3月のことだった。

 このケースが画期的だったのは、JWBに協力する米国の著名弁護士事務所のシンガポール提携事務所が初期段階からボランティアのプロボノ弁護士を派遣、シンガポールでのNisaの法律面での権利を保護しながら相手と交渉できたことが挙げられる。またJWBは、マレーシアでNisaが働いている間も連絡を取り続け、精神面でのサポートを続けた。

原告のビデオ出廷を認めた香港裁判所

 Nisaのケースは日本でいう和解による解決だが、原告が当該地不在のまま裁判所に訴えを提起し、係争を続けることを可能にすることを、JWBは一つの大きな目標にしている。メイドが訴えを起こす場合、

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