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社長になると本の読み方が変わる/花王・澤田社長

花王の中興の祖と言われた丸田芳郎さんと花王の歩みをたどった「一心不乱」

諏訪和仁 朝日新聞オピニオン編集部記者

花王・中興の祖の歩みをたどった「一心不乱」

 これまで本に出会って、いろいろ知識を蓄えてきたつもりなんですが、あるきっかけで興味を持つ本が変わって、これまで読んできた本でも新たな見方で読み直すと結構違うふうに読める、気づきが多いということも分かってきたんですね。

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 その1冊が「一心不乱」(非売品)。花王の社長、会長を20年以上務め、中興の祖と言われた丸田芳郎さんと花王の歩みをたどった社内向けの本です。

 これはもう、何回読んだでしょう。まあ、最低10回以上は読んでると思います。私は、本を読んでるときに思ったことを本に書くんですね。余白が書き込みでいっぱいになった時点でまた新しいのを1冊もらったんです。

 本のタイトル通り、一心不乱に働くと見えてこなかったものが見えてくる、いろんな知恵が出てくるっていうのがこの本で言いたいことの本質だと私は思ってたんですね。研究者として、雑念を払って実験に打ち込むと、新しい発見とか発明とかが出てくると。私自身もいくつか世の中にないものを見いだして、製品に役立てたっていうことがあり、そういう思いでこれを読んでたんですよ、ずーっと。

 それが、社長になってからちょっと違う目線で、技術にしても表裏の裏の部分を意識しながら読み直すと、それまでとは違って案外、哲学書的な感じに思えてきたんですね。この丸田さんが途中から仏教教学などの影響を受けて、思想的なことをベースにした経営観を持つにいたっていくことが読み取れるわけです。丸田さんは道元禅師の「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」とか、聖徳太子の「十七条の憲法」とかを何回も読んで、そこから自分なりの経営の哲学を体得された感じなんですね。

 私はかつて、この「一心不乱」をそういうふうに読んでなかった。一心不乱に実験して、研究開発でいろんな英知を研ぎ澄ますことだというイメージで読んでいたのが、全然違う感じがしましてね。何度も読み直してみると、もちろん、文字どおり一心不乱に頑張りましょうと従業員に伝えるための書でもあるんですけども、本当はもっと深いところを伝えたかったんじゃないかなと思うようになりました。

 やはり、経営を突き詰めれば突き詰めるほど、思想のようなところにいくもんなんだなと。私もだんだん、そういう境地が多少なりとも分かってくる年齢でしょうが、まだまだ丸田さんの域にはいたっていませんね。

 丸田さんも社長になったときに考えておられたことは、経営しながら、時間とともに変わっていったでしょうし、世の中の変化をみながら、自分なりの境地をその中に見いだして、それを自分なりの経営観、経営哲学の中に組み込まれていったと。それも自分が考えるだけじゃなくて、「正法眼蔵」などの原書を何度も読んで、その中から自分なりに受け止めたものを礎にしながら経営をされていたんだなということを改めて知りました。ディスカッションの中から、あるいは人との交わりの中からだけではなく、やはり書物を読んでいろんなことを考えられたんだと。

 今はインターネットで簡単に何でも調べられますが、丸田さんの時代の方々は書物、書籍で勉強された。本も電子版で読むのも悪くないと思うんですが、私は本を手にして、ぱらぱらと戻って読むことも多いし、書き込みたいんですね。

丸田さんとの出会い

 実は、その丸田さんに、学生時代に2度お会いしているんです。1回目は3年生のとき。2回目は大学院の修士1年生のときです。

 そのころ、私の父親が花王の大阪支社に務めていて、丸田さんが大阪に来られたときにお店を回ったり、京都や奈良に行かれたり、お寺巡りも好きでしたんでね、そういう丸田さんによく同行していたんです。

 あるとき、丸田さんが「君の息子は何やってるんだ」と聞くので、父親が「大阪大学で化学をやってます」と答えると、じゃあ今度、息子を呼んでこいと。丸田さんは自ら化学の研究者でしたから、化学という学問は非常に重要なので、自分なりにその大切さを伝えて、それで勉学にさらに励んでくれたらいいと言っていたそうです。

 1回目に会ったのが、大阪・中之島の当時のロイヤルホテル、今はリーガロイヤルホテルですね。丸田さんはあまり時間がなかったので、父親と3人でホテルで朝食をとりながら、話しました。私は、相手が父のいる会社の社長なので、緊張して何ものどが通りません。何を話されてるのか十分理解できない状態でした。

 丸田さんは「和歌山でおもしろいものを作ったから、一度工場見学に行ってこい」と言われました。翌年、4年生になって和歌山にある研究所に行くと、所長は後に会長になる中川弘美さんでした。「おもしろいもの」は、吸水ポリマーでした。おむつや生理用品に使われているたくさん水を吸う素材です。中川さんがビーカーの中の白い粉末に水をジャーッとかけると、ぶわっとふくれて。ビーカーを逆さにして「どうだ、落ちないだろう。君はこれを何に使えばいいと思う」と聞かれました。もちろん、答えることはできませんでしたが、貴重な体験となりました。

 もう1回お声がかかりましてね。丸田さんからもし時間があるなら話したいとのことでした。このときは、大阪・立売堀にある大阪支社の11階の応接室で二人きりで話しました。

 「化学の何がおもしろい?」と聞かれ、私は、たとえば、液体を混ぜて反応させると形のある固体になったり、炎色反応で色がついたりするように、目で見てわかるところで、実験をしていておもしろいと答えました。

 「君、それだけじゃだめだよ。化学の本質は分子、原子にある。モノはすべて分子、原子でできている。だから、見た目のおもしろさだけじゃなくて、もっと化学の本質、サイエンスの本質、これを考えると今やっている研究がさらにおもしろくなる」と言うんですね。分子、原子の世界、すなわち、量子科学を勉強するよう言い、読むべき本も教えてもらいました。

 もちろん、私が指導を受けた大学の教授は素晴らしい先生でしたが、丸田さんは企業を経営しながら、学術的な話だけれども実際のモノづくりとリンクさせて話されてるんですよね。入り口だけじゃなくて、出口も意識して話されてるのと、経営者として仏教教学や十七条の憲法から学ばれた経営観、経営哲学も織り交ぜながらでした。お話を聞いているうち、丸田さんに後光が差してきたような感じがしました。

 私が大学院で研究していたのは、悪臭の元になる低級脂肪酸です。川の悪臭とか、養豚場や養鶏場の悪臭とか、原因はすべて低級脂肪酸なんですね。それがどれぐらいの量が含まれると、どんなにおいがするかっていう定量分析みたいなことで、実験を繰り返していました。有機化学と高分子化学と分析科学がごちゃまぜになったような工学系のところなんですけどね。丸田さんの話を聞いて、思わず量子科学の本を読んで、勉強し直しました。

 丸田さんの話を聞いて、やっぱり、花王はすごいと。いや、丸田さんがいる花王がすごいというべきでしょうか。研究所長の中川さんにもお会いして、素晴らしい研究所長がいて、素晴らしい研究施設がある、もう研究者冥利に尽きるかなと思って、迷わず、花王に入ろうと思いました。

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筆者

諏訪和仁

諏訪和仁(すわ・かずひと) 朝日新聞オピニオン編集部記者

1972年生まれ。1995年に朝日新聞社入社、東京経済部、大阪経済部などを経てオピニオン編集部記者。

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