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分断と閉塞の空気~平成経済の現場と実相(前編)

壮絶な長時間労働、日本型雇用慣行の崩壊……。破滅のときをひたすら先送りする日本

田崎基 神奈川新聞経済部記者

維持できなくなった「日本型雇用慣行」

 かつて日本では、年齢や社歴を重ねれば、能力や成果にかかわらず給料が上がっていった。60歳の定年まで働き続けることが保障され、各企業には労働組合があった。

 この「年功序列」と「終身雇用」、そして「企業別労働組合」。労働者も企業もこうした「日本型雇用慣行」に支えられ、成長を遂げてきた。平成期に入った直後に起きたバブル崩壊を引き金とする数度にわたる景気後退によって、しかしこの慣行が維持できなくなった。

 雇用情勢に詳しい浜銀総合研究所(横浜市)の遠藤裕基主任研究員はこう分析する。

拡大 Razvan Ionut Dragomirescu/shutterstock.com
 「特に大きなインパクトは、1990年代に起きた『バブル崩壊』と、その影響を引きずったまま起きた『国内金融危機』。さらに『アジア通貨危機』と『消費増税』が重なった。変調が明確に現れるのは97年だ」

 企業は採用を抑制し、早期退職を促し、非正規雇用を拡大し始めた。「終身雇用」の崩壊である。

 人件費を抑制するために、定期昇給だけとなり、年収に占めるボーナスの割合が高まっていった。正社員比率が下がることで、各企業にあった労働組合も組織率が低くなり存在意義が乏しくなっていった。

 結果的に、残った正社員の長時間労働が常態化していった。こうした「正社員」と「非正規雇用」との分断の構図は、資金力の乏しい中小・零細企業で先行して始まり、常態化していった。

超長期低迷のトリガーを引いたのは

 「80年代の日本型雇用慣行は、経済成長における一つの成功モデルだった。正社員としての身分保障があることで、若手を現場で育てる仕組みも円滑に機能したし、年功序列賃金は長期勤続を促した」(遠藤主任研究員)

 給与水準が低く、しかし生産性の高い「若手社員」が、高給だが生産性の低いベテラン社員の給与を支えるという、一見不条理な構図が成立したのは、終身雇用という裏付けによる長期勤続によって、将来的に賃金が取り戻せるという循環が保証されていたからだった。

 今日より明日の方が確実にいい。そして「働き続ければ取り戻せる。だから共にがんばろう」。そう思って働けた時代だったわけだ。

 90年代に起きた日本型雇用慣行の崩壊は、労働市場を根底から変質させ、消費を直撃し、長期にわたる日本経済の低迷を引き起こした。

 家計の消費支出額に、物価変動の影響を加味した「実質消費支出指数」は、この30年近く下落傾向が続く。特に、アベノミクス以降は、物価が急上昇した影響を受けさらに急落した。

 消費の低迷は深刻で、7年目に突入したアベノミクスでも、その成果を見いだすことはできない。

古希を過ぎてもトリプルワーク

 都内に住む74歳の女性は、朝6時半から東京都江東区のスーパーで掃除のアルバイトを始める。モップで床を拭き、トイレを磨き、棚のほこりを取る。最後にごみ置き場でネズミの糞(ふん)を片付け、午前7時の開店に間に合わせる。

 午前11時には東京都新宿区のレストランで4時間の皿洗い。午後6時には中央区にある和食店の流し場に立つ。帰宅は午後11時を過ぎる。

 古希を過ぎてのトリプルワーク。「家にいるより、働いている方がいいのよ」と笑ってみせるが、いずれも立ち仕事の連続だ。時給はいずれも1200円前後という。

 48歳のとき夫を亡くし、生命保険の営業職などを転々として2人の子どもを育ててきた。

 「なんやかや、お金は必要なのよ」と言葉を濁すが、年金で手にするのは1カ月5万円程度。生活を維持することはできない。

 1944年に都内で生まれ、戦後の復興期と高度経済成長を生きてきた。日本は豊かになったのでしょうか。そう尋ねると、少し考えて、こう答えた。

 「みんな貧しいわよね。若い人も、私たちも」

 「豊かさ」とは、「幸せ」とはなんだろうか。過酷な労働が、人にとって大切なものを見失わせようとしている。

拡大労働問題を抱える企業の本社前で抗議の声を上げるプレカアートユニオンのメンバー=2018年2月、横浜市内

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筆者

田崎基

田崎基(たさき・もとい) 神奈川新聞経済部記者

1978年横浜市生まれ。神奈川新聞記者。報道部遊軍、デジタル編集部などを経て経済部記者。共著に「時代の正体~権力はかくも暴走する」(現代思潮新社)、「徹底検証・日本の右傾化」(ちくま選書)ほか。