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分断と閉塞の空気~平成経済の現場と実相(後編)

国内投資が減少、景気後退と物価上昇が同時進行、1千兆円超の借金、令和の経済は……

田崎基 神奈川新聞経済部記者

フェアレディZを生んだ工場はいま

 世界的に爆発的人気を博した「日産フェアレディZ」。1969年にこの名車を誕生させた工場はいま、休日ともなれば家族連れの買い物客でにぎわうショッピングモールに一変していた。

拡大「ららぽーと湘南平塚」=平塚市天沼
 JR東海道線平塚駅からほど近い大型商業施設「ららぽーと湘南平塚」が開業したのは2016年10月。かつて、この土地には日産自動車の一大生産工場「日産車体湘南工場第1地区」(約18.2ヘクタール)があった。

 当時を知る男性はこの夏、古希を迎える。

 「増産に次ぐ大増産。昼夜稼働し、さらに残業。みんな働いた。残業代もすごくて『カネはいいから休みくれ』って笑い合っていた。本当に忙しくて、それでいて現場に活気があったんだ」。フェアレディZが生産されたラインは通称「Zライン」と呼ばれ、社員に愛された。

 Zが登場したこの年、東名高速道路が全線開通し、日本の国内総生産(GDP)は世界第2位になり、人類はアポロ11号で初めて月に降り立った。

 日本が世界のトップランナーとして走った高度経済成長。その結果としてのバブル経済絶頂期には、高級グレードの「日産シーマ」が発売され、「シーマ現象」という言葉が生まれるほど、一世を風靡した。ライバル社のトヨタが高級車「セルシオ」を売り出したのは、翌年の1989(平成元)年のことだった。

 栄光の歴史はしかし、バブル崩壊とともに暗転する。

 繁栄の一時代を象徴するZラインが閉鎖されたのは2010年の暮れのこと。老朽化が進み、維持・更新のコストがかさんでいた。

 40年の歴史に幕を閉じ、工場跡地は大手不動産開発会社に売却され、街の様相もすっかり変わった。

平成を締めくくる「アベノミクス」の実相

拡大経済学者の服部茂幸・同志社大教授
 働く人の多くが将来に不安を抱え、貯蓄もできず、生活は厳しくなり、だから消費が伸びない。この平成期の超長期景気低迷から脱しようと2013年から本格始動したのが、平成を締めくくる経済政策「アベノミクス」であった。

 「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」という「三本の矢」だが、開始から丸6年を経てもなお、当初の目標「物価上昇年率2%」は達成できていない。6度も先送りを繰り返し、もはや「いつまでに」と明言することさえやめ、7年目に突入した。

 とすれば、アベノミクスの果実は一体、どこにあるのか。

 『偽り経済政策-格差と停滞のアベノミクス』(岩波新書)の著者で理論経済学者の服部茂幸・同志社大教授は次のように指摘する。

 「日銀による異次元金融緩和は急速な円安を生み、しかし意図した輸出拡大はなく、逆に円安にもかかわらず輸入が増大した。その結果、円安インフレとなり、実質賃金と家計の実質所得を削り取った」。それゆえ消費は停滞。アベノミクスによる「円安による景気回復のルート」は途絶えた、と分析する。

 円安は確かに輸出系企業に大きな利益をもたらした。この為替差益に加え、2015~16年は世界景気が好調だったことも追い風に、大企業の業績は軒並み過去最高益を更新した。だが、景気回復の循環という見込みはあっけなく裏切られる。大企業の多くはアベノミクスで得た利益を、賃上げや設備投資には回さず、内部留保として蓄えたのだ。

 結局、アベノミクスが引き起こしたのは、景気後退と物価上昇が同時に進行し、人々の生活が苦しくなる「スタグフレーション」という経済現象であったことが、鮮明に浮かび上がる。

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筆者

田崎基

田崎基(たさき・もとい) 神奈川新聞経済部記者

1978年横浜市生まれ。神奈川新聞記者。報道部遊軍、デジタル編集部などを経て経済部記者。共著に「時代の正体~権力はかくも暴走する」(現代思潮新社)、「徹底検証・日本の右傾化」(ちくま選書)ほか。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです