ジャパンディスプレイの敗北 経産省介入派の挫折
仮想敵の台湾、中国勢への身売り。利益を得たのは誰なのか
大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)
中国は独禁審査を人質に水面下で交渉を仕掛けた
パナソニックが三洋電機を吸収した2009年ごろ、中国の独禁当局は一時、両社の経営統合を認めない強硬な姿勢で臨んだ。それを日本の経産省側は「中国の独禁当局はできてまだ新しくて慣れていないのかもしれない」と好意的に解釈したが、すぐに中国の独禁当局が他の事例でも口やかましくクレームをつけてくることに疑念を持つようになった。
西山氏もJDI設立当時、「中国が独禁上のことにうるさいんだよね」とこぼしていた。JDIの初代社長になった大塚周一氏は2012年の私のインタビューで、「ウチの経営統合における最大の課題は中国の認可でした」と切り出し、こう説明した。
「あれだけ独禁法に口やかましい米国は、我々の経営統合について何も言わないんです。それに対して中国の独禁当局は我々の統合の前に立ちふさがってきた。一番きつくてさ、最後までOKしなかったのは中国なんです。中国の国内の液晶メーカーが『日本の日立、東芝、ソニーの3社の液晶部門が統合するのをOKしてはいけない』と中国の独禁当局に執拗に働きかけているようなのです。我々3社が統合しても液晶市場全体ではシェアはさほど大きくないのですが、中小型液晶のうち一部のハイエンドのところだけに限ると非常に高いシェアになる、とか。いろんな屁理屈をこねてきて……」
こうした嫌がらせめいた動きは、東芝が半導体メモリ部門(東芝メモリ)を韓国の半導体メーカーのハイニックスや米国の投資ファンドのベイン・キャピタルが構成するコンソーシアムに2018年に売却したときにも生じている。中国の独禁当局が、東芝メモリとハイニックスの統合を「寡占」ととらえ、このM&Aになかなか首を縦に振らなかったのだ。
M&Aの仲介にかかわった外資系投資銀行幹部によると、中国側は独占禁止を主張する半面、水面下では、東芝メモリの最新鋭の半導体技術の「3D NAND(ナンド)」型フラッシュメモリーの技術を中国メーカーへ供与することや、東芝メモリの下工程の半導体工場を中国に建設することなどを持ち掛けてきたという。
ハイニックスとベイン連合による東芝メモリの買収が成立するまで数カ月間も余計に中国の独禁当局の審査に時間がかかり、一時は買収成立が危ぶまれた背景には、こうした中国の独禁審査を人質にした利益誘導めいた交渉があったからだった。中国の独禁当局は、公正な市場の番人というよりもむしろ、自国産業の競争力強化を目的にした裁量的な権力を行使しているといえるだろう。
仮想敵の台湾、中国勢への身売り

経済産業省=東京・霞が関
経産省とJDIは、日本が誇るハイエンドな中小型液晶の技術が中国に流出することを恐れてきた。
初代社長の大塚氏は「(旧東芝に由来する)低温ポリシリコン液晶は非常に作るのが難しく、まだまだ日本は優位にあります。この難しい技術を海外に持っていくのは困りますね。中国の役人とも話しましたが『作るのが難しくて、お金をかけても簡単にはやれない』と言っていました」と述べたうえで、だからこそ中国や台湾、韓国メーカーからJDIが出資を受けることは「非常に好ましくない」と話していた。
それだけ大事なはずの技術を有するJDIだったはずなのに、独立不羈をめざした官製再編は奏功しなかった。
JDIが助けを求めたのは、台湾タッチパネル大手のTPKホールディングスと中国の投資会社ハーベスト・テック・インベストメント、それに台湾の投資ファンドCGLからなる「Suwaコンソーシアム」。コンソーシアムが、経営が立ちゆかなくなったJDIに対して最大で800億円を出資し、実質的に傘下に収める計画が公表された。韓国や台湾、中国勢に対抗して再編され、日の丸を背負ったJDIは結局7年で、仮想敵の台湾、中国勢に身売りすることになってしまったのである。
経産省の官製再編の失敗である。
経産省介入派は外国には弱気の内弁慶の嫌いがあり、なりふり構わぬ中国の介入派にはかなわなかったとも言える。
JDI発足時、大塚社長は経産省を評して、こう漏らしたことがある。
「経産省の人は理解力はあるし、説明能力もある。本や雑誌も読んでいる。絵を描くこともできる。でもまったくエレクトロニクス業界を経験したことがない彼らに本当に美しい絵を描くことはできますかね。たとえ、絵を描くことはできても、その絵に魂や情熱は入っているでしょうか」