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黄色いベスト運動のお気に入りはロシアメディア

「代表制」を信じない人をどうやって報道するのか

小林恭子 在英ジャーナリスト

「黄色いベスト運動」セッションの情景(撮影Daniela Tucci)

 昨年11月、増税反対で始まったフランスの「黄色いベスト運動」は格差是正を訴える反政権デモとして広がってきた。最盛期には約20万人が参加し、暴力集団「ブラック・ブロック」も合流して、パリの高級ブランド店や銀行、政府省庁などの建物を「既得権の象徴」として襲撃した。

 現在までに参加者は約2万人に減少したものの、5月1日のメーデー(労働者の祭典)には窓ガラスを割る、投石するなどの暴挙が発生し、警察当局は催眠ガス、高圧放水砲を使って事態鎮圧を余儀なくされた。

 長期にわたる黄色いベスト運動は、一体何を意味しているのだろうか。

 4月上旬、イタリア・ペルージャで開催された「ペルージャ国際ジャーナリズム祭」のセッション(注)の中で吐露された、フランスのジャーナリストたちの本音に耳を傾けてみた。

(注)セッションのタイトルは「フランスのパノラマ:黄色いベスト運動がジャーナリストに語ったことは何か?」(French panorama: what do the yellow vests tell us journalists?、4月6日開催)

取材拒否にあった主要メディア

カウフマン氏(撮影Bartolomeo Rossi)
 左派系高級紙「ル・モンド」のエディトリアル・ディレクター、シルビー・カウフマン氏は、黄色いベスト運動を「フランス社会への挑戦」として受け止めた。

 「アメリカや西欧諸国で、これまでの政治体制や社会体制を破壊するような動きが生じている。黄色いベスト運動もその1つだ」。

 当初、現場に出かけたル・モンド紙のジャーリストに、デモ参加者は話しかけようとはしなかった。「既存メディアを信用していなかった」。暴力攻撃を受けたジャーナリストも少なくなかった。テレビ局の記者もカメラマンもボディーガード付きで現場に向かわざるを得なくなった。「こんなことは、初めてだった」。

 新聞スタンドが放火される様子を目撃して、「ショックを受けない新聞関係者はいなかったと思う」。

 デモ参加者たちは既存メディアを迂回し、ソーシャルメディア特にフェイスブックで情報を交換し、人を動員していた。今では誰もがソーシャルメディアを使うが、「今回は、既存メディアを中心とした情報の流れと、ソーシャルメディアの情報の流れがパラレルで発生していた」という。

「メディアから締め出されている」という主張

 この時、カウフマン氏は興味深いことに気づいた。黄色いベスト運動のデモ参加者は自分の方からメディアに取り上げられることを拒絶し、もっぱらソーシャルメディアを使っているものの、「主要メディアが自分たちを取り上げてくれない、メディアから締め出されている」と不満を言うようになったのだ。

 そこで、テレビ局大手はあわててスタジオに参加者を呼んでその主張を発信させた。「果たしてこれが最善の取り上げ方だったのかどうかは、分からない」。

 黄色いベスト運動のメディアに対する不信感は、一般市民の間でも共有されていた。キリスト教系日刊紙「ラ・クロワ」が行った世論調査によると、「ジャーナリストへの暴力は正当化される」と答えた人は23%に上った。

 カウフマン氏が思い出すのは、2005年に発生した、パリ郊外(「バンリュー」)の暴動事件だ。移民の第2・第3世代の若者を中心となった暴動で多くの公共施設が破壊され、乗用車が放火された。貧困層が住む郊外地域とほかの地域との格差が問題視された。「当時も、私たちはバンリューに入っていけなかった。間を取り持つ人がいて初めて、取材が可能になった」。

 トランプ米大統領がニューヨーク・タイムズやCNNを「フェイクニュース」と呼んで攻撃するようになっているが、「フランスはまだそこまで行っていない」とカウフマン氏。しかし、大物政治家がメディアの信頼性に疑問を投げかける発言をしているという。メディア報道が気に入らなかったからと言って、取材を拒否するサッカー・クラブも出てきた。

 「社会の一部に、メディアに対する敵意がある。私たちはこれに直面しながら、働いている感じがしている」。

メディアの信頼度は過去最低に

マーティンケスラー氏(撮影Bartolomeo Rossi)
 ジャーナリストが舞台上でストーリーを語る「ライブ・ジャーナリズム」を欧州各国で開催する会社「ライブ・マガジン」の創業者フローレンス・マーティン=ケスラー氏が、メディアの信頼度を示す調査を紹介した。

 フランスのテレビ、ラジオ、新聞、インターネットなどのメディアに対する信頼度は25%だという。「過去30年間で、最も低い数字だ」。

 また、ジャーナリストと政治権力やお金の関係についても、市民の不信感が現れた。「ジャーナリストが政治圧力に抵抗できるかと聞かれ、『できる』と答えた人は24%だった」。「お金の圧力に抵抗できるか」という問いへの答えも同じ数字だった。

 マーティン=ケスラー氏によれば、黄色いベスト運動参加者には、「自分たちは権力から独立している」という思いがある。「デモ参加者は、億万長者がメディアを所有している、という。だから、メディアには『隠された意図がある』、と」。これがメディアに対する不信感につながっていく。

カメラの前で起きていることを延々と配信し続けるロシアメディア

黄色いベスト運動参加者による、フェイスブックのページ「VECU」。右はフランスのメディア所有図(ウェブサイトより)

 黄色いベスト運動のお気に入りは、ロシアの国営放送局『RT(ロシア・トゥデー)』だ。現場にカメラを置き、フェイスブック上で、10時間以上、延々と状況を配信したことがきっかけだ。

 黄色いベスト運動からすれば、「カメラが切り取ったもの、カメラの前で起きていることをそのまま映しているわけだから、『真実だ』と言う。検閲がない、どの部分も削除されていなので、『客観的』として評価する」。

 黄色いベスト運動の有志らが、フェイスブックのページを使って自分自身のサイト「VECU」を設置しているという。

黄色いベスト運動の背後にあるもの

ルエット氏(撮影Bartolomeo Rossi)
 経済紙「ルゼコー」と一般紙「ル・パリジャン」を発行する出版グループのピエール・ルエット最高経営責任者は「黄色いベスト」の意味を改めて考えるべき時だという。

 「意味もなく、黄色いベストの着用が始まったのはないと思う。車がパンクしたときに、修理に来る人は黄色いベストを着ている。人が人生で困ったとき、何らかの悲惨な状態にあるとき、苦悩を感じているとき、助け舟として出てくるのが黄色いベストだ」。

 ルエット氏はデモ発生後、様々な社会層の人と対話し、

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