稲田清英(いなだ・きよひで) 朝日新聞オピニオン編集部次長
1972年生まれ。1997年に朝日新聞社に入り、東京本社や西部本社(福岡)の経済部を経て、2006年にソウルに留学して韓国語を学んだ。2008~11年にソウル支局員。東南アジアや中国、欧州などでも出張取材。2018年7月から現職。共著に「不安大国ニッポン」(朝日新聞出版)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
軍事独裁政権を終わらせた民主化宣言から30年余。「経済の民主化」はなお課題だ
10年近く前のことだ。
リーマン・ショック後の景気悪化の影響もあり、韓国の少子化がさらに深刻になりそうだということで、私は取材をしていた。
若い世代の声を聞くため、友人に紹介してもらったソウル近郊に暮らす当時30代の男性とのインタビュー。経営悪化で以前の勤め先を退職せざるを得なかった経験を持つIT企業勤務の男性は、「子どもを持つことは考えていません。可能性は0%です」と言い切った。そして、幸せに育て上げる自信が持てない、と少し寂しげに語りながら、こんな言葉を漏らした。
「格差の広がる韓国は、今や階級社会になってしまいました」
この時、私はソウルに駐在して韓国各地で取材を始めてから、1年半あまりたっていた。それまでの取材で見聞きしてきたことを踏まえ、男性のこの言葉がとても腑に落ちるとともに、韓国の経済・社会をウォッチしていくうえでの軸となる視座を与えてくれた。今でもよく覚えている。
そしていまも、韓国は過酷な格差社会、一握りの勝ち組とその他に分断された、男性の言葉を借りれば「階級社会」であり続けている。
その象徴であり、さらには韓国経済そのものを語るうえで外せないキーワードが「財閥(チェボル)」の存在だ。
サムスンや現代自動車など世界規模で事業を展開する財閥は、富の大半を占めて肥大化を続けつつ、不透明な世襲によって2代目、3代目へと権力を受け継いできた。
その一方で、成長の果実・恩恵は国内に広く行き渡ることなく、多くの国民が日々の暮らしや将来への不安、教育費や住宅費の重い負担とともに生きることを余儀なくされている。国内の雇用の大半を占める中小企業も、大企業との賃金格差が大きく、就職をめざす若者にも敬遠されがちだ。
韓国ドラマに必ずといっていいほど登場するのが、財閥一家の御曹司、ご令嬢だ。若くしてグループ企業のトップや、経営企画やマーケティングなどを担う幹部の座につき、高級車を乗りこなしながら、浮世離れした暮らしを送る。そんな登場人物を何度みたことだろうか。
そして、彼ら彼女らと、庶民的な家庭、あるいは非常に貧しい境遇で育った主人公との出会いや愛憎劇は定番のモチーフであり、ハッピーエンドもあれば、悲劇的な結末もある。一つ言えるのは、財閥というものの存在がそれだけ韓国においては絶大だ、ということだろう。
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