稲田清英(いなだ・きよひで) 朝日新聞オピニオン編集部次長
1972年生まれ。1997年に朝日新聞社に入り、東京本社や西部本社(福岡)の経済部を経て、2006年にソウルに留学して韓国語を学んだ。2008~11年にソウル支局員。東南アジアや中国、欧州などでも出張取材。2018年7月から現職。共著に「不安大国ニッポン」(朝日新聞出版)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
軍事独裁政権を終わらせた民主化宣言から30年余。「経済の民主化」はなお課題だ
グローバルに事業を展開する韓国の財閥企業の存在は、韓国人にとっては一面、誇るべき対象ではある。『韓国「大卒社会」の曲がり角』などでも触れたが、韓国の多くの若者にとっても、こうした財閥系の大企業に入ることはあこがれであり、就職先としても高い人気を集めている。
ただ一方で、「財閥偏重経済」は韓国経済の矛盾、不条理の体現でもあり、常に批判の的でもある。
かつて、韓国経済が大きく成長を続けていた時代、財閥中心の成長は韓国経済全体の底上げにもつながり、ある程度幅広く恩恵も広がった。ただ、通貨危機を経て、財閥系の大企業は正社員の採用を絞り込み、賃金などコスト抑制に力を入れるようになった。国内で得た高い収益を海外への投資や販売促進の取り組みなどに振り向ける一方で、国内での投資には回りにくくなった。一方で増えたのが不安定な非正規雇用だ。財閥の成長、と、多くの国民の暮らしの向上、は分断されている。
財閥という圧倒的な強者の存在は、中堅・中小企業やベンチャー企業の成長の足かせになっているという側面もある(参照『自営業大国・韓国 最低賃金引き上げへの苦しみ』)。強い立場を生かした下請け企業への厳しい値下げ要求や、圧倒的な資本力を生かして市場を奪ってしまう、といったケースは珍しくない。財閥系大企業は必要な部品や素材を日本など海外企業から調達することが多く、これらもあいまって韓国での中小企業の成長には逆風となっている。
また厳しい批判にさらされてきたのが、財閥のガバナンス(企業統治)の不透明さだ。財閥はグループ企業間の複雑な株式の持ち合いによって、創業家一族がオーナーとして事実上の「経営権」を握るケースが多い。無理して世襲による経営権継承を進めようとするなどで、財閥トップが脱税や背任などの罪に問われ、有罪判決を受けるケースも珍しくない。
耳を疑うような不祥事にも事欠かない。その一つが日本でも報じられた数年前の「ナッツ・リターン」事件だろう。大韓航空を傘下に持つ財閥・韓進の創業者の孫で大韓航空の副社長(当時)が、客室乗務員のナッツの出し方が気に入らなかったといって米国の空港で滑走路に向かい始めていた自社の飛行機を搭乗口に引き返させた、とされたものだ。財閥創業家の「横暴」の象徴として大きな批判を浴びた。
韓国の若者の多くは、大学や大学院を出て、語学学習や資格取得などに必死に取り組んでも思うような就職先が見つからず、不安定な非正規職のまま年を重ねるケースが少なくない。そうした状況を揶揄した流行語の一つが「ヘル朝鮮」だった。
そうしたなか、何不自由なく育ち、若くして財閥企業の幹部に出世する財閥の子弟との格差は、多くの若者にとって怨嗟の的だ。出生率が1を割り込んだ未曽有の少子化なども、こうした厳しい経済の現実が背景にある(参照『出生率1.05 正念場の韓国』)。
現状の過酷な格差社会をみるにつけ、その根本的な原因でもある「財閥偏重経済」がこのまま持続可能だとは考えがたい印象を受ける。
ただ、ではこの財閥という存在にどう向き合い、ありようを変えていけるか。これはなかなか難しい。どの政権にとっても最大の課題であり、またどの政権も、うまく成果をあげられずに来た難題でもある。