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トランプ来日で対米通商交渉の敗北が見えてきた

最高のおもてなしの見返りに、日本はいったい何を得たのか?

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

炉端焼き店での夕食会を楽しむ(左から)メラニア夫人、トランプ米大統領、安倍晋三首相、昭恵夫人=2019年5月26日、東京都港区

最高のおもてなしの見返り

 トランプ大統領が安倍総理の招待を受けて5月25日に来日した。ゴルフ、相撲観戦、天皇・皇后両陛下との面談など、我国の歴史上これほどのおもてなしを受けた外国要人がいたのか、歴史に疎い私には思い当たらない。日本国民は、ロシア疑惑の隠ぺい工作(カバーアップ)という非難を受けてアメリカ連邦議会で大統領弾劾の要求が出される中にもかかわらず、人物、品位ともに備わったトランプ大統領を令和初の国賓として迎えたことを、生涯誇りに感じるに違いない。

 その見返りに日本国民は何を得るのだろうか?

 高潔な日本人なら見返りなど求めないと言ってしまえばそれまでだが、見ず知らずの他人を多くの血税をかけてこれだけ厚遇する以上、日本国民はトランプ大統領から何かを期待しているはずである。まさか、「日米同盟はかつてないほど盤石だ」という懐メロをまた聞くために呼んだのではないだろう。

 ところが、安倍総理がこれだけの接待をし、かつ最新鋭ステルス戦闘機F35を105機購入するなど多額の贈り物をしているにもかかわらず、トランプ大統領から安倍総理へのプレゼントとして何があるのか、あまり思いつかないのである。

 強いて挙げれば、安倍総理の要請を受けて、日米通商交渉の合意を日本の7月の参議院選挙前ではなく8月に公表するということくらいではないだろうか? 

 参議院選挙前に合意内容を公表すれば、日本の農業界は反発して、参議院選挙に悪影響を与える可能性がある。米側は安倍政権の都合を考慮して、公表を延期してくれたと、日本国民は感謝すべきだということなのだろうか?

既に日米通商交渉は妥結しているはず

日米首脳会談に臨む安倍晋三首相とトランプ米大統領=2019年5月27日、東京・元赤坂の迎賓館

 しかも、このトランプ大統領の発言には、引っ掛かるものがある。

 日米通商交渉は、現在茂木担当大臣とライトハイザー通商代表の間で意見の対立があり交渉中となっている。しかも、相互の対立は埋められていないと報道されている。しかし、通常であれば、交渉中で未決着の事案について関係者が発言する場合、8月を合意の目途として交渉するとは言っても、8月に合意を公表するとは言わない。

 「8月に合意を公表する」という発言は、既に日米間で合意はなされており、その公表時期を日本の参議院選挙に影響しないよう、選挙後の8月にずらすという意味だろう。

 おそらく茂木担当大臣とライトハイザー通商代表たちの交渉グループで合意内容はほとんど詰められており、トランプ大統領も安倍総理も、これを了承している。そうでなければ、トランプ大統領が「8月に大きな発表ができると思う」などと発言しないはずである。

 トランプ大統領は5月26日ツイッターに「日本との貿易交渉で大きな進展があった。農産品と牛肉は大変な影響がある。7月の(参院)選挙の後、大きな数字を期待している」と投稿している。

 その合意内容は、どのようなものなのだろうか?

 私は、昨年9月の日米首脳間の共同声明文に関し、『日米首脳の通商協議を緊急報告する』の中で、「WTO上の根拠を欠く安全保障を理由とした自動車の関税引き上げというアメリカの脅しに負けて、農産物についても自由貿易協定を締結することで、アメリカにTPP並みの譲歩を認めてしまった」と書いた。結局、このラインで落ち着くことになるだろう。

 これまで何度も書いてきたとおり、アメリカ産の牛肉などの農産物はTPP11や日EU自由貿易協定の発効によって豪州、カナダ、EUなどに比べて不利になっている。しかも、次の図が示すとおり、日本との交渉妥結が遅れれば遅れるほど、アメリカ産農産物は不利になる。この不利を是正することが、アメリカの大きな目的である。

 他方で、日本にとって交渉をまとめなければならない事情は全くない。今回の交渉で圧倒的に有利な立場にあるのは、日本である。それなのに、日本側は、アメリカが自動車関税を引き上げない代わりに、TPP並みの農産物関税削減を無条件で認めることになる。

国別の牛肉関税(日本市場)

 しかし、『見たくなかった安倍訪米~甘すぎる対米貿易交渉』で述べたように、アメリカが安全保障を理由として自動車の関税をWTOに約束した以上に引き上げることは、WTO違反である。これをアメリカがやらないといったとしても、それはWTO違反のことはしないという当然のことであり、日本がTPP並みの農産物関税の譲歩をアメリカに認める代わりに、アメリカから譲歩を得るというものではない。

アメリカの自動車関税は撤廃されるのか?

 それだけではなく、報道によると、アメリカはTPPで日本に譲歩した、2.5%の自動車関税の25年後の撤廃(15年後になってようやく削減が開始される)や自動車部品の関税撤廃に難色を示しているという。

 おそらく、これは対外的なポーズで、実際には日米の交渉者の間で自動車もTPP並みの合意を維持することは約束しているに違いない。これさえもアメリカから譲歩を獲得できないとすれば、日本の担当者は無能という批判を免れないだろう。もし、これさえアメリカが認めないというのであれば、茂木大臣は交渉のテーブルから立ち去ればよい。これで日本の農産物市場から排除されて困るのはアメリカである。

 2.5%の自動車関税は小さいものだと思われるかもしれない。しかし、日本の自動車メーカーは、アメリカで一般車を生産し、レクサスなどの高級車を日本で製造してアメリカに輸出している。レクサスなどは単価が大きいので2.5%の関税でも、金額にすると10億ドル(1100億円相当)に上る。だから、TPP交渉の際、フォードなどアメリカの自動車業界は、これを撤廃するということは日本の自動車業界に毎年10億ドルの補助金を与えるようなものだとして反対したのである。

 今回の日米FTAは日本として交渉する必要が全くなかったものである。アメリカが勝手にTPPから離脱して、そのうえ農産物で困ったと言ってきたので、交渉に応じているだけである。日本が圧倒的に有利な立場にいる以上、自動車関税については、TPP並みの25年後の撤廃ではなく、即時撤廃を要求すべきだった。

 なぜ、それができなかったのか?

 それは、安倍総理をはじめ日本政府の担当者が

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