米中新冷戦は「知財戦争」。日本のとるべき道は?
中国は米国の「知財の尾」を踏んだ。技術なくして安全保障なし
荒井寿光 知財評論家、元特許庁長官
5 米国の受ける3度目の挑戦
(1)ソ連のスプートニク・ショック
20世紀を通じて米国は技術覇権を握ってきたが、今まで2度挑戦を受けた。
1度目は、ソ連による挑戦だ。米ソ冷戦の最中、1957年、世界最初の人工衛星スプートニクがソ連により打ち上げられた。“スプートニク・ショック”として、米国は衝撃を受けた。米国はソ連に負けまいと対抗し、技術競争が続けられ、最終的にソ連が崩壊し、米国の勝利となった。
(2)日米貿易戦争
2度目は、日本の挑戦だ。日本は第2次大戦の焼け跡から立ち直り、「日本の奇跡」と呼ばれるほど、産業が復興し高度成長を遂げた。カラーテレビなどの家電、鉄鋼、自動車、半導体と先端分野で日本が米国の産業を脅かし、ソ連なきあと、日本は「米国の第1の敵」(enemy No.1)と呼ばれた。米国は日本に対し、強烈な日本叩き(ジャパン・バッシング)を行い、日米貿易戦争と呼ばれるほど、激しいものだった。通商法に基づく輸入制限措置を取り、輸入拡大や輸出自粛を求め、さらに日本の経済構造の転換まで要求され、日本から産業政策がなくなり、現在の「失われた20年」の原因が作られたと言われている。
(3)中国の挑戦
中国の知財力の急成長は、米国にとっては3度目の外国からの挑戦だ。中国の知財力が米国に肉薄しており、米国の「知財の尾」を踏んだと言えるが、中国にとっては米国の反発は想定内のことであろう。

ファーウエイの新型スマホ「P30」シリーズ。携帯大手3社では発売延期や予約中止に追い込まれた=2019年5月21日、東京都目黒区
6 米国の本格的な反撃
米国は中国の急接近に危機感を覚え、対中強硬派(チャイナ・ホーク)が勢いを増している。基本的には、中国を米国中心の国際経済活動から引き離そうと言う方針だ。“デカップリング”(米中引き離し)と言われる。
具体的な内容は次の通りだ。
①中国を競争国に指定
友好国ではなく、いわば敵国として扱う。これは2018年10月のペンス副大統領の演説に集約されている。この演説は「新冷戦宣言」と言われるほど、激しく中国を非難した。
②貿易制裁
現在、中国からの輸入5500億ドルのほぼ半分の2500億ドルに制裁関税をかけており、更に残りの3000億ドルに対しても制裁関税の対象にする方針を表明している。これはWTOの自由貿易に関する中国の権利を米国に関しては停止することを意味する
③取引制限
今回のファーウエイに対する取引制限が当たる。「2019年度米国国防権限法」では、ファーウエイ、ZTEなど中国5社は、2019年8月から米国政府と取引できなくなり、2020年8月からはこれら中国5社と取引のある企業は日本など外国企業も含め、米国政府と取引できなくなる。
④投資制限
米国の先端分野に投資しようとする場合は、CFIUS(外国投資委員会)の事前許可が必要となった。
⑤人的制限
米国から中国への人間を通じた技術や知財の流出を防ぐため、米国への留学制限、研究者の交流制限が始まっている。中国政府は中国語や中国文化の教育と宣伝のため世界各地に孔子学院を設置している。米国はこの学院が米国に対するスパイ活動拠点になっているとして、孔子学院を米国の大学から追い出し始めている。
⑥軍事措置
2019年度国防権限法では中国の軍事進出に対抗するため、過去9年間で最大の7160億ドルの軍事予算を組んだ。
7 日米貿易戦争との類似性
現在の米国の中国に対する措置は、1980年代に日本の追い上げに対し、追い落としを行った日米貿易戦争当時の措置と似ている。
①貿易措置
日本からの輸入を制限し、日本に輸入拡大や輸出自粛を求めた。
今回は米国が中国に対し、輸入拡大を求めるとともに、制裁関税により中国からの輸入を制限している。
②構造改革
日本と中国の経済体制は、異質でおかしいと言う議論だ。(日本株式会社論と中国国家資本主義論)
「日本株式会社」がおかしいと、日米構造協議が行われ、日本の構造改革が強く要求され、日本はかなり受け入れた。
今回は米国が中国に対し構造改革を求め、約150ページの合意案ができたが、中国の政治局が不平等条約と反発し合意案を破棄し、決裂したと報道されている。
③個別会社叩き
日本は1987年に東芝機械ココム違反事件が起き、日本がアンフェアな国、米国の安全保障を脅かす国とのレッテル張りに使われた。
今回のファーウエイ事件は、真相はまだ分からないが、中国企業が米国の安全保障に脅威を与えているとの印象を世界中に広げている。