「ノイズ」に否応なく出会うための仕組みが必要だ
地域では様々な変革や実験が始まっている 希望はいくらでもある
松本一弥 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist
知り合い以外にネットワークを広げると……
――例えば中学生のころから、それと知らずにフェイクニュースやヘイト的言説にまみれたネット空間の中に放り込まれているうちに、特定の偏った情報のみを受け入れるようになってしまう。大学で教えるとそんなケースにも現実に遭遇しますが、「自分が目にしている情報はもしかしたら偏っていてどこかおかしいのかもしれない」という本人の『気づき』はどうやったら訪れるでしょうか?
「自分たちがいま属している、分断された言説空間の外部にも人がいて、その人たちの声にさらされた時に自分たちの議論が持ちこたえられるか、という経験を一度でも二度でもしなければいけないということだと思います。情報理論でよくいわれますが、この世界というのは『知り合い』がいて、『知り合いの知り合い』もいて、さらに『知り合いの知り合いの知り合い』もいて、というぐあいに6人ぐらいつなげていくと世界一周してしまう。つまり情報というものは特定の集団の中に閉じこもっていては広がらないけれど、途中で自分の知っている人たちの外にネットワークを広げるようにすると、その情報量は飛躍的に拡大する。だからこそ、その経験をどこかで本当にしてほしいのです。自分がふだん所属している情報集団の外に一歩踏み出してみると『あっ、いままで知らなかった世界があるんだ』ということに気づくからです」
「ノイズ」を聞かざるをえない瞬間に出会う仕組み

ユーモラスな語りをちりばめて会場を笑いで満たす東浩紀さん(右) =2018年2月
「そうなると本当に『ノイズ』(noise、雑音)がほしいですね。いま自分がいる知的世界では自分の聞き慣れた声や自分の聞きたい声ばかりを繰り返し聞くけれど、反対に聞きたくない声みたいなもの、つまりは『ノイズ』がランダムな形でぱっと入ってきて『ノイズ』と出会うということが大事です。そんな『ノイズ』を人間が否応(いやおう)なく聞かざるをえない瞬間というか、そういう瞬間に出会うための仕組みを本当は作らなければいけない。古い人間といわれそうですが、その意味で新聞というのはデジタルよりもやっぱり紙の方がいい。なぜかというと、紙の新聞には一つの紙面にいろいろな情報が詰め込まれていて、自分が知りたいと思っている情報以外の情報に必然的に出会ってしまうからです」
ーーただ、いまそれをいっても「その考えは甘い」といわれてしまいます。一つの紙面を編集したり番組を編成したりするその手さばきそのものが信用できないという批判にメディアはさらされているからです。
「難しいですね。関心のあるものだけを見ていけば、気がつくとどんどん特定のラインの議論の中にすっぽり入り込んでしまう。でも、およそこの世の中でパブリックにものを考えるためには、ふだん考えていたり聞いていたりするのとは違う『ノイズ』にあえて触れなければいけないのです」
「ただ『ノイズ』に出会うためのシステムの開発自体は、私は可能ではないかと思っているんです。現時点ではSNSを中心とするIT技術の発展が明らかに社会の分断をもたらしているわけですが、その次の段階として、その分断を乗り越えるのもこれまた技術の発展ではないでしょうか。今は分断に向かって加速しているとしても、やがて人が多様な声に接するような方向で新たなIT技術が出てくるんじゃないかと私は期待したいと思います」
――評論家の東浩紀さんは著書『弱いつながり 検索ワードを探す旅』の中で「ノイズ」に出会うための方法として、「身体の移動」や「旅」、「環境を意図的に変えること」だと指摘されました。「ネットにはノイズがない。だからリアルでノイズを入れる。弱いリアルがあって、はじめてネットの強さを活かせる」と(同書所収「はじめに 強いネットと弱いリアル」、18頁)。
「それこそ東さんらがよくいっている『ウィークタイズ』(weak ties)ですよね。『ストロングタイズ』(strong ties)だけでなく『ウィークタイズ』を用意しておいた方が本人としてもむしろ生きやすいし、結果的に知の情報量も増えて、よりよい選択ができるようになるということを実感してほしいと思います」