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「ノイズ」に否応なく出会うための仕組みが必要だ

地域では様々な変革や実験が始まっている 希望はいくらでもある

松本一弥 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

大学は「巨大な知的ザッピングの世界」であるべきだ

東京大学安田講堂で講演するニューヨーク・タイムズのトーマス・フリードマン氏=2018年11月拡大東京大学安田講堂で講演するニューヨーク・タイムズのトーマス・フリードマン氏=2018年11月

――自分が目にする情報は偏っているのかもしれないという「気づき」を与えるために「ノイズ」と出会う仕組みを作っていくとすると、あと一つの方法は教育でしょうか。そのためには型通りの「教養課程」の「教養教育」にとどまらない、真の意味でのリベラルアーツとその教育の重要性が今日ほど問われている時はないと思えるのですが。

 「高校ぐらいまではおおよそこういうことを勉強しなければいけないというカリキュラムがきっちり決まっているのに対して、大学というのは『巨大な知的ザッピングの世界』であって、思いがけないものにどこかで出会う場であるべきなのです。ところがいまの時代、世の中自身もそうですがあまり無駄とか非効率を許さない風潮が強く、なるべく最短で目的を達成しようとする。その目的は何だかはよくわからないけれど、『とにかく有効に限られた時間の中で最も効率よくパフォーマンスを仕上げるために何かをやりなさい』という方向で若い人たちに圧力をかけている。『早いとこ業績を上げないとあなたは淘汰(とうた)されてしまいますよ』というメッセージを若い人たちに対して社会がよってたかって与えている」

 「思いがけないところに思いがけない先生がいて、その話を聞いてみたらこんなにも知らない世界があるんだということに出会う。そういう『巨大なザッピングの場』としての大学の機能というものを何とか現代的な形で生かせないかなという気がします。思いがけない人と出会って話をして、そこから何かが始まるという可能性を最大限に生かさなかったら、大学の意味はもはやなくなっていくのではと考えるからです」

――例えば東京大学では新入生に対して、そうした「ノイズ」に出会わせるような場、あるいは「知的ザッピング」の面白さを体感させるようなカリキュラムを用意しているのでしょうか。

 「いまの大学の大きな趨勢(すうせい)としては、基本的には専門教育を前倒ししてなるべく1年生の最初から効率的にある専門をマスターさせるようにしています。さらに法律を専攻する場合は1年の時から司法試験を目指して勉強し、そのためにはダブルスクールで予備校にも通って最短の道のりで司法試験に合格するというモデルもあったりします。でも、こうしたことに対する揺り戻しの動きも起きていて、『やっぱり教養課程をしっかり学んでおかないとその先、専門課程に進んでも伸びない』といわれている。その意味では教養が復権しつつあるともいえるでしょう」

 「これはそれこそ米国のコロンビア大学にしてもハーバード大学にしてもそうであって、この時期により強い足腰を作るためには、AIを学ぶ一方で、人文社会科学の古典を読ませるなど、なるべく広いものに触れさせるということが行われています。これは世界的な傾向であって、それが日本でも『脱教養』に対する揺り戻しとして現れてきている。だから東大でも教養課程をつぶさなかったので、教養課程を再編する中で教養の理念を現代に生かそうと工夫しています」

究極のリテラシー教育とはーー世界にいる「ピア」とつながる

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 「その一方で学問、知の世界には一つのお作法、ディシプリン(discipline)があるんです。『専門』という意味と同時に『しつけ』、『訓練』というニュアンスもある。広い教養が重要だということと同時に、他方においてはやっぱり専門ということが重要です。知の世界はそれぞれの世界に約束事があって、その約束事をマスターして知の専門家集団の中で評価されていかなければならない。そのための経験というのはやはり必要だと思います。しつけ、矯正にはちょっとめんどくさいところがあるけれど、それをやらないと専門家にはなれないし、世界にいる同業者たちに認められない」

 「『ピアレビュー』(peer review)という言葉があります。その『ピア』(peer、同僚、仲間などの意)というのはなかなか面白い言葉だと思うんです。ピアレビューというのはいまでいうと、大学の論文の査読システムを指します。ある論文が提出されると専門の同業者たちが評価したりコメントしたりアドバイスをして論文の評価を決め、雑誌に掲載するかどうかを最終的に決める仕組みですが、もともとピアというのはヨーロッパにおける『貴族』たちを指す言葉ですよね。現代においては貴族というよりも、世界中に知的な同業者たちがいてその人たちによる評価を受けねばならない。逆にいえば、そういった人たちの評価を受ければ世界的に活躍できる。その意味で、ピアというものがグローバリズムの時代に重要だと思います。このピアの一員になるためにはある種のお作法が必要なのです」

――定義が様々ですが、いわゆる「リテラシー教育」についてはどう考えますか。

 「知の世界でピアに認めてもらうためにはこの程度のことをしなければならない、ということが厳然としてあるのですが、その点が日本はどうも弱い。大学の教員ですら、同じ自分の専門分野で世界とつながっているというよりは、自分の大学、所属する機関のほうにどちらかというと忠誠心があって、『世界にピアがいる』という意識が弱い。熾烈(しれつ)な競争相手ではあるけれど、世界に広がる仲間であるピアとのつながりを厚くすればするほど自分の立場も良くなるんだ、という感覚はまだどうも身についていません」

 「ですから、私は究極のリテラシー教育というのは、何らかの知的なお作法を学ぶことによって世界に広がるピアの一員に入れてもらうことであって、それはあなた自身を強くすることだという感覚がそこにあってほしいなと思います。いまの時代、トクヴィルじゃないですけど、『多数者の専制』、『多数者の声』に従っているだけというのは一番不安です。かといって特定の信頼できる先輩みたいな権威者がそばにいてくれたらいいけれど、出会えないかもしれない。となるとやっぱり大切なのは何らかのピアをどこかで見つけてそれによって自分を強くする、そして世界に仲間を見つける、そのためにリテラシー教育があるのだと思うんです」

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筆者

松本一弥

松本一弥(まつもと・かずや) 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

1959年生まれ。早稲田大学法学部卒。朝日新聞入社後は東京社会部で事件や調査報道を担当した後、オピニオン編集グループ次長、月刊「Journalism」編集長、WEBRONZA(現「論座」)編集長などを経て現職。満州事変から敗戦を経て占領期までのメディアの戦争責任を、朝日新聞を中心に徹底検証した年間プロジェクト「新聞と戦争」では総括デスクを務め、取材班の同僚とともに石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)大賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞した。早稲田大学政治経済学部や慶応大学法学部では非常勤講師などとしてジャーナリズム論や取材学を講義した。著書に『55人が語るイラク戦争ー9.11後の世界を生きる』(岩波書店)、共著に『新聞と戦争』(上・下、朝日文庫)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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