公的年金をなくせば小さな政府論者の思うつぼ。年金目減りを前提として現実的議論を
2019年06月14日
以前、『「老後は持ち家」は今や昔。年金より住宅を!』で、こう書いた。
年金について、政府はもっと正直に呼びかけた方がいい。「老後の生活は、年金だけでは頼りないですよ。持ち家を買って、貯金するなり、家族で支え合うなりして、まずは自助努力をしてくださいね」と。その上で、セーフティーネットを設けて、「さまざまな事情で老後の備えが十分にできなかった方々にも、最低限の生活は保証します」というのが責任ある政府の姿であろう。
ところが、こうはっきりと言えない事情が政府にはある。2004年の年金改革で「100年安心」と謳ってしまったからだ。
これは「国民の老後生活は100年安心」だったわけではなく、「年金制度の存続が100年安心」だったのだ。制度は続いても、少子高齢化を克服できなければ、老後に受け取れる年金額は目減りしていく。
5月22日に、ついに政府からこうしたメッセージが出てきた。
金融庁の審議会が「高齢社会における資産形成・管理」についてまとめた報告書案で、次のような文言が盛り込まれた。
・少子高齢化により働く世代が中長期的に縮小していく以上、年金の給付水準が今までと同等のものであると期待することは難しい
・老後の収入が足りないと思われるのであれば、各々の状況に応じて、就労継続の模索、自らの支出の再点検・削減、そして保有する資産を活用した資産形成・運用といった「自助」の充実を行っていく必要があるといえる
年金の給付水準が目減りする見通しを明記し、「自助」を促すとは、ずいぶん思い切ったことを書き込んだものだ、と驚いた。
ところが、セーフティーネットについて何も触れず、「働け」「倹約しろ」「投資しろ」というメッセージしか発していないので、これは大変な反発が起きるな、とも思った。
案の定、5月22日の公表後、Yahoo!リアルタイムで「自助」がしばらくトレンドワードになり、怒りのツイートが相次いだ。
「『年金は100年安心な制度』だったはずよね……」
「自助するから年金払わすな」
「年金徴収やめないけど、将来に向けて自助努力しろっていうなら消費税やら所得税やらの税率引き下げをするか、給与引き上げを厳命して欲しいところ」
審議会では「年金が減る事実をはっきり言うべきだ」「現役世代の危機意識を引き出すべきだ」という意見が出たようだが、6月3日にまとまった報告書では「年金の給付水準が今までと同等のものであると期待することは難しい」という文言は消え、「年金制度の持続可能性を担保するためにマクロ経済スライドによる給付水準の調整が進められることとなっている」という、給付が減るのかどうかがよくわからない表現になった。公的年金制度への不安を招き、保険料を納めない人が増えることを恐れたのだろう。
少子高齢化が続いている以上、年金支給額が目減りしていくのは確実であり、それを踏まえた上で対策を議論するべきだろう。いつまでも「100年安心かどうか」をめぐって議論していてもしょうがない。民主党政権を担っていた人たちも、それを認識していた。
政府・与野党は「100年安心というのは、支給額ではなく制度の存続のことでした。誤解を与えて申し訳ありませんでした」と表明した方がいい。そうしないと国民は、公的年金をどう捉えたらいいのかわからないままだ。
ここで「公的年金は破綻している」「保険料納めてもしょうがない」と早とちりしてはならない。公的年金をなくせば、あらゆる福祉制度を最小化する「小さな政府」を志向する人たちの思うつぼである。
公的年金は、「長生きリスク」に備えた社会保険である。人間、何歳まで生きてしまうか、わからない。長生きすればするほど、生きるために金が必要だ。貯金があっても尽きてしまうかもしれない。その点、公的年金は、死ぬまで一定額を支給してくれる「終身年金」だ。こんな金融商品は、民間ではまずないだろう。
民間の個人年金で多いのは、老後の決まった期間だけにもらえる「確定年金」だ。死ぬまでもらえる「終身年金」もあるが、もらえる金額が少なかったり、納める保険料が高かったりする。
平均寿命まで生きた場合、公的年金で納めた保険料分のうち、どれくらいを支給されて戻ってくるか、あるいはどれくらい「払い損」になるかを試算する人たちがいる。そういう試算を出して何が言いたいのだろうか。保険というのは、リスクが訪れなければ払い損になるものだ。払い損を恐れていたら、自動車保険も生命保険も、どんな保険にも入れなくなる。
公的年金には、収入が低くて保険料を納められない人には、免除したり、猶予したりする制度もある。
さらに「富の再分配機能」もある。老後にもらう支給額は、働いているときに納めた保険料に応じて決まるが、所得が低くて少なくしか納められなかった人には、多めに支給されている(多く納められた人には、少なめに支給される)。また、税金も投入されるので、納めている税金を取り戻すことにもなる。
このほか、一家の大黒柱が亡くなった時や、障害者になった場合にも年金を支給してくれる。
さまざまなメリットがある公的年金だが、支給額は目減りしていく。それを補うためのセーフティーネットをまずは議論すべきだろう。公的な住宅手当制度、生活保護とは切り離した低年金高齢者への支援制度、それらの財源として相続税を引き上げて、富裕層が使い切れずに残していった資産を社会に還元することなどを考えてもいい。
そうした議論を後回しにし、この政権は国民に「倹約しろ」「働け」「投資しろ」と呼びかけた。
野党が反発し、世論に火がつくと、選挙に不利になるとみて、何と、報告書を受理しないで、ないものにしてしまった。これでは公的年金をどうとらえていいのか、国民はますますわからなくなってしまった。
また、以前にこうも書いた。
信用面で脆弱な年金制度を、野党は攻撃したがる。国民生活(特に選挙でよく投票する高齢者の生活)に直結するので、不安を起こして、内閣支持率を下げようと企む。国民生活に直結するからこそ政争の具にはせず、必要な政策論に徹してほしい。
参院選の争点として、攻め手に欠いていた野党は、この問題に飛びついた。
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