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EU離脱交渉、メイ首相はどこが間違っていたのか

次期与党・保守党党首の最有力候補は「合意なき離脱」も辞さず?

小林恭子 在英ジャーナリスト

6月4日、訪英したトランプ米大統領夫妻(右)を官邸で迎えるメイ首相夫妻(官邸のflickrサイトより)

 「いったい、いつ辞めるのか」。昨年来、英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)交渉が行き詰まり状態となってから、メイ英首相の辞任時期が何度も取りざたされてきた。

 5月24日、いよいよその日がやってきた。 官邸前に立ったメイ首相は、6月7日で与党・保守党の党首を辞任すると表明したのである。自ら辞任を発表したものの、事実上は追い出されたも同然だった。10日、党首選が本格的に開始され、7月末には新党首そして首相が決まる。

 メイ首相は、2016年7月の党首・首相就任以来、離脱の実現に向けて一生懸命頑張る姿を見せてきた。一体、どこが間違っていたのだろう。

 メイ氏の政治家としての特質や、離脱過程の混迷理由については本サイトの以下の記事で説明してきたが、ここではより広い意味のメイ戦略の失敗点を指摘してみたい。

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党内事情 離脱強硬派の顔色をうかがう

 メイ首相の失敗の元を探ると、党内事情に行き当たる。

 2016年6月、EU加盟の是非をめぐる国民投票で、思いがけず離脱派が勝利した。残留運動を率いたキャメロン首相(当時)が辞任すると、ほぼ同時期に離脱派運動の旗振り役ナイジェル・ファラージ氏が英国独立党(UKIP)の党首を辞任した。

 保守党・党首選では、離脱運動を主導した大物政治家が様々な理由で立候補しなかったり、立候補後に身を引いたりし、最終的に残留派だったメイ氏(当時内相)だけが残った。

 国民投票に向けてそれぞれの運動を展開した中心人物が政治の表舞台から消えてしまう中、2016年7月、メイ政権がスタートを切った。

 「本音は残留」のメイ首相だが、閣内に数人の離脱派政治家を入れた。「何としても離脱をやり遂げる」(「ブレグジットはブレグジットよ」と発言)という決心を内外に示す必要があった。

 どのような離脱であるべきかについて国内で意見が集約されるまえに、「EUの関税同盟からも、単一市場からも抜ける」、英国にとって悪い離脱条件だったら、「何の合意もなしに離脱した方がまし」と繰り返し発言し、離脱強硬派を喜ばせた。

 一貫して、メイ首相は党内の離脱強硬派にのみ顔を向けて離脱交渉を進めた。これが首相の離脱交渉の大きな特色だ。保守党を分裂させないこと、離脱派を満足させることを優先させた。

 「どんな離脱であるべきか」についての国民的議論はほとんど行われず、残留を支持した国民と離脱派国民との分断はそのままにされた。

準備不足で、後手に回る

 2017年3月29日、メイ首相は2年間にわたる、EUとの「離脱交渉」を開始した。離脱派からの早期交渉開始への要求に押された形だ。国民投票から数カ月が過ぎ、「いつ腰を上げるのか」といういら立ちが国民の中で生まれていたのも事実だ。

 一方のEU側は、離脱決定の2016年から、どのように離脱するべきかについての戦略を着々と構築していた。

 2017年6月になって、いよいよ英政府とEUとの間で実質的な交渉が始まった。

 準備万端のEU側は英政府に「2段階交渉」を求めてきた。第1段階ではEU市民の取り扱い、清算金の支払い、北アイルランド国境問題について先に議論を進め、この3つの点において一定の成果が出たとEUが判断した後で、第2段階の通商交渉を始める、という形だ。

 英政府側は通商交渉に先に手をつけるか、あるいはそのほかの事柄と通商問題とを同時に交渉することを望んでいたが、EU側は頑としてこれに耳を貸さなかった。

 EU加盟国の英国を除く27カ国と英国との対立である。数的に負けているのは明らかで、そのマイナス面を補うほどの戦略が英国側にはなかった。

 数カ月間の交渉の後で、英国はEUが敷いたレールの上に乗り、2段階による交渉を行うことに同意した。最初から最後まで、英政府の対応は後手に回った。

思いつきで総選挙を実施し、政権を不安定化させた

 「総選挙はしない」と再三言ってきたメイ首相だったが、2017年4月、メイ首相の支持率は最大野党・労働党のコービン党首の支持率を20ポイント以上上回った。これを機に、政権基盤をより安定させるため、メイ首相は下院選実施(同年6月)を宣言した。

 しかし、先日の記事でも書いたが、国民に対するアピール力に欠けるメイ氏は議席数を減少させて選挙を終えた。議席の過半数を割ってしまったことで、北アイルランドの離脱強硬派政党「民主統一党(DUP)」に閣外協力を頼まざるを得なくなった。メイ政権の離脱交渉の行方が、

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