「老後2000万円不足」の真犯人(下)
退職金も企業年金も揺らいでいる。「退職給付難民」の増加にどう向き合うのか
深沢道広 経済・金融ジャーナリスト
*この記事は『「老後2000万円不足」の真犯人(上)』の続編です。
めぐまれた高齢者を前提とした報告書
金融庁の報告書は物議をかもしたが、現実はもっと深刻だ。同報告書は夫婦いずれかが会社員か公務員で働いていたなど比較的めぐまれた高齢者を想定しているためだ。派遣社員などの非正規労働者や自営業などの場合、老後2000万円でも足りない現実をつきつけた。十分な退職金がなく、低所得で十分な保険料を支払わないため低年金問題が新たに生じる。いわば「退職給付難民」であり、こうした人々は蚊帳の外である。

公的年金年金額の分布状況(厚生労働省年金制度基礎調査2017より)
金融庁の件の報告書は、高齢夫婦無職世帯の平均的な収入と支出を前提としている。とりわけ、平均的な収入の9割以上が公的年金の金額である。報告書は月額19万円の公的年金をうけとるなどして実収入を20万9198円とし、年間約230万円(19万円×12カ月)の安定収入を前提としている。
高齢者夫婦2人で年間230万円の収入は、夫婦のいずれかが現役世代に正社員の会社員や公務員などで安定的に所得を得て厚生年金に加入していた比較的めぐまれた層だ。単純に1人当たり年間115万円の年金受給できる計算だ。
厚生労働省の年金制度基礎調査(老齢年金受給者実態調査2017年)によると、公的年金の年金額が年間120万円未満の人は全体の50.4%を占める。非正規労働などで現役時代に十分保険料を納めず、年間84万円未満の人は32.6%に達する。このようなケースであると、実際の年金収入はさらに低くなるので、貯蓄が2000万円あったとしても、当然に足りなくなるはずだ。
真犯人は厚労省か金融庁か?
しかし、実態はかなり違う。直ちに足りなくなるわけではないし、貯蓄がその時点で必要となるわけではない。厚労省の国民生活基礎調査の概況(2017年)によれば、高齢者世帯の所得構成は66%が公的年金で、残りを就労などによる稼働所得で補っているのが実態だ。
金融庁の報告書は実収入のうち、公的年金が9割で稼働所得がほとんどない前提自体がかなりいびつであるといえる。厚労省は実際、4月21日の作業部会で実態を示す上記資料のほか、問題の試算資料を提出した。
ところが、6月3日にまとめられた報告書には厚労省の実態を示す資料は盛り込まれなかった。金融庁が問題の試算のために、実態を無視して都合のいいデータだけを残したのであろうか。真相は藪の中である。
金融庁の報告書によれば、60歳代の高齢夫婦無職世帯の貯蓄額は2129万円、70歳以上の世帯で2059万円。貯蓄額が2000万円以上あるのは、若年から財形貯蓄などで自助努力を定期的にコツコツ続けてきたか、定年退職時にもらう退職金の影響が大きい。非正規労働者で働いていると、基本的に退職金はないので、40歳代の派遣社員は「この金融庁の指摘する貯蓄額は夢のまた夢」という。