「老後2000万円不足」の真犯人(下)
退職金も企業年金も揺らいでいる。「退職給付難民」の増加にどう向き合うのか
深沢道広 経済・金融ジャーナリスト
「資産形成どころではない」
金融庁の促す資産形成をするだけの貯蓄すらない人がどれだけいるのか考えてみたい。それが先決ではないかと考えるからだ。実際は金融庁の掲げる「貯蓄から資産形成へ」の前段階、貯蓄すらできていない世帯が一定数存在する実態が浮かび上がってくる。
金融広報中央委員会の家計の金融行動に関する世論調査(2018年)によれば、20歳代から70歳代の貯蓄額の平均値は1430万円、中央値は609万円だった。中央値は貯蓄額を低い世帯から並べた場合ちょうど真ん中に位置する世帯の貯蓄額を意味する。
年齢別にみると、20歳代の平均値は249万円、中央値は111万円。30歳代は平均値が660万円、中央値が382万円。40歳代は平均値が942万円、中央値が550万円。50歳代は平均値が1481万円、中央値が900万円。60歳代は平均値が1849万円、中央値が1000万円。70歳代は平均値が1780万円、中央値は700万円だった。
なぜ平均値と中央値がこれほど乖離するのか。それは「貯蓄がない」と答えた人が相当数いるためだ。
預貯金などの金融資産を保有しない世帯の割合は20歳代で全体の32.2%、30歳代で17.5%、40歳代で22.6%、50歳代で17.4%、60歳代で22%、70歳以上で28.6%となり、決して無視できる割合ではない。
貯蓄がない世帯は資金を資産形成に回せる余裕はないと考えられる。約8割の貯蓄がある世帯はまだ恵まれているのだ。
この問題は複雑で解決は容易ではない。例えば、派遣社員などの非正規雇用で働く期間が長く、低賃金で十分な貯蓄ができないまま、高齢化が進み年金受給を迎えるような場合があげられる。
筆者は2001年に大学を卒業した就職氷河期世代の1人で、39歳まではフルタイムの正社員で働いてきたが、一時的にフルタイムで働けなくなった経験がある。離職後は健康保険と住民税の支払いでとても貯金できる余裕はなかった。
政府は就職氷河期世代を支援する方針を掲げているが、長期的には実効性は疑わしい。ハローワークの求人倍率が高くても、求職者側が求人を選り好みして、求人に至らないケースが多いためだ。
労働環境は求人倍率だけでみれば、改善しているものの、実際にはハローワーク以外で就業する場合も多いので、労働市場の実情を示す指標とはもはやいえない。

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働き方が年金格差助長
老後資金の柱はかつて退職金と年金だった。しかし、近年この退職給付の柱は揺らぎつつある。若年層を中心に働き方が多様化しているためだ。企業から企業への転職のほか、副業形態で個人が複数の仕事を持つ形式も増えつつある。
また企業や組織に属さず働く、いわゆるフリーランスの働き方も増加している。ランサーズのフリーランス実態調査によれば、フリーランス人口は2018年時点で1119万人と労働力人口の17%を占めているという。
確かに、このような働き方は長く働き続けることができる可能性を高め得る。しかし、多くの場合、制度上退職金を受け取れないか、退職金があったとしても低い水準になる可能性が高く、老後の収入の柱である退職給付の点で不利益を被る可能性がある。
例えば、フリーランスの人が老後十分な年金を確保するためには、最低限の国民年金(老齢基礎年金)のみならず、上乗せ制度に加入する必要がある。政府が推進する副業による収入確保は、本来退職給付と一体で検討しなくてはならないのに、現状は必ずしもそうはなっていない。
ただ、現役世代の職業は老後の公的年金の受給額に大きく影響する。
厚労省の年金制度基礎調査によると、現役時代に正社員の会社員中心で過ごした人(=20歳~60歳まで40年の加入期間のうち20年超が正社員)の年金額(年額)は187.5万円。これに対して、自営業中心に過ごした人(=40年の加入期間のうち20年超が自営業)の年金額は94万円と歴然の差がある。これを30年間でみると、正社員だった人は5625万円受け取れるのに対して、自営業だった人は2820万円しか受け取れない。
もちろん、この差は現役世代に支払った保険料の差からくる。会社員は会社負担分と合わせ数倍の厚生年金保険料を支払っている。