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『アウトレイジ』より『紅の豚』の世界で生きたい

NTTデータに就職 MBA留学を目指したバリキャリがスローライフに

岩崎賢一 朝日新聞記者

塩澤さん1拡大ライフシフトした塩澤耕平さん

 終身雇用制が揺らぎ、今や自分でキャリアデザインをしていくことが前提の社会になってきている。30年後の自分を描き、第一希望のNTTデータに就職してMBA留学を目指したが、今はライフシフトして長野県小布施町を拠点に活動している男性がいる。そこには、「バリキャリ」志向から「スローライフ」志向にというほど単純ではない選択があった。

30年後のゴールに向けていかに階段を上っていくか

 ライフシフトをしたのは、塩澤耕平さん(32)。

 学習院大学時代には、広告研究会の代表としてミスコンテストを主催した。「リーダーシップを取ったのは初めての経験で、その後のキャリアデザインにも影響しました」と振り返る。

 就職先の選択肢は大きく分けて二つ。一つは、マスコミ。もう一つは、医療にITがからんだ分野だった。「ソリューションを提供することが魅力的」と考えていた。MBA的手法の就活塾にも通った。そこで学んだキャリアの考え方はこうだった。

 「30年後どうなりたいかを考えました。そうなるためには20年後や10年後にどうなっているのか。今から3年後にどうするのか、そしてそのためには今何をすべきなのかを考えるようにとたたき込まれました。最終的なゴールを目指すために、いかに階段を上っていくか、という中でのキャリアデザインです」

 影響力が強くて問題解決ができる企業はどこかと考え、第一希望のNTTデータに就職できた。その後、MBAを取るために海外留学し、グローバルな人材になって「何か輝かしいヘルスケア分野でのITのキャリア」を描こうと考えていた。

 「大学4年から社会人3年目ごろまでは、周囲の人たちもいわゆるバリキャリ系で、社会起業家というよりはコンサルティング企業やベンチャーキャピタルに行きたいという人たちと付き合うことが多く、強く影響を受けていました」

 そのころ、友人の紹介で参加し始めたのが、「ヘルスケアリーダーシップ研究会」(IHL)だった。在宅診療を中心に日本の医療をイノベーションしようとしていた医師の武藤真祐さんが代表を務めるヘルスケア系のリーダーシップ勉強会です。武藤さんは、元マッキンゼーのキャリアを持つ。ここでの出会いや経験から、塩澤さんのバリキャリ志向の考え方が少しずつ変わっていった。

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筆者

岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき けんいち) 朝日新聞記者

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで医療や暮らしを中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当を経て、現在はオピニオン編集部で「論座」編集を担当。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)。 withnewsにも執筆中。

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