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『アウトレイジ』より『紅の豚』の世界で生きたい

NTTデータに就職 MBA留学を目指したバリキャリがスローライフに

岩崎賢一 朝日新聞バーティカルメディア・エディター

MBA教育とベンチャー立ち上げ、どちらが役立つか

――大手企業でのキャリアパスを捨てるという覚悟は簡単に決められたのでしょうか。

 お恥ずかしい話ですが、私はそれほど「自分のキャリアを捨てて、被災地のために何かをしたい」という感じではありませんでした。11年12月、初めて石巻に行きましたが、そこに集まった人たちには、何かしたいというエネルギーが満ちあふれていました。武藤さんが経営する在宅医療クリニック「祐ホームクリニック」は、震災から半年後に石巻にも開院していて、企業や大学、NPOと連携した医療プロジェクトがたくさん始まっていました。ここに転職すれば、自分のスキルやキャリアを向上できると思いました。今思えば、すごく打算的な選択だったのです。

塩澤さん1拡大2011年冬、石巻を始めた訪れた=塩澤さん提供

――NTTデータを退職して、武藤さんが展開するクリニックに転職し、石巻で働き始めました。学生時代に描いた30年後の目標は変わりましたか。

 ヘルスケアの世界であるポジションを取るということは、変わらなかったです。石巻には3年間いましたが、多くの出会いがありました。4年目に東京に戻してもらい、シンガポールでの新規事業に関わることができました。16年1月、ベンチャー企業の株式会社インテグリティ・ヘルスケアの立ち上げに誘われました。MBAとヘルスケアベンチャーの立ち上げの経験のどちらが役立つのかと問われました。ベンチャー企業で、優秀なソフトウェアエンジニアやデザイナーと関わっていく中で、MBAが本当に必要なのか考えさせられました。結果として、MBAに行くことをやめることに決めました。フラフラしすぎですね(笑)

――「Global Shapers Community Tokyo」(グローバル・シェーパーズ・コミュニティ・東京ハブ)(世界経済フォーラムの国際組織で様々な分野で活躍している30代前半の若者で構成)にも参加されていましたが、グローバル・シェーパーズでの付き合いも影響があったのでしょうか。

塩澤さん1拡大塩澤さんが活動していた当時のグローバル・シェーパーズのメンバー=塩澤さん提供

 グローバル・シェーパーズには、すでに自分の専門を見つけてどんどん先に進んでいくメンバーがたくさんいて、強く影響を受けました。そして、20代で基礎力を付けるフェーズと、30代で専門性を高めていくフェーズがあるとすれば、30歳までに何を専門とすればいいのかと考えるようになりました。

 インテグリティ・ヘルスケアの起業フェーズはとても面白かったし、優秀なメンバーがどんどん入ってくるのでスキルも上がっていく実感がありました。ただ、こうも考えるようになりました。

 一つのプロダクトをローンチして、ある施設で利用してもらい、これを火種にして営業をしていく――。

塩澤さん1拡大シンガポールで訪問看護の事業を立ち上げていた当時の写真=塩澤さん提供

 こうしたことを繰り返して、5年、10年先にベンチャー企業を上場させることや、それに伴いストックオプションをもらうことに向けて自分の時間を使うことが、良いのかと自問しました。そうしたことに35歳、40歳までを過ごしてしまうことに違和感を覚え出しました。その時点では、自分の専門性を医療とITに絞っている自分に違和感があったのだと思います。

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筆者

岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき けんいち) 朝日新聞バーティカルメディア・エディター

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで医療や暮らしを中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当、オピニオン編集部「論座」編集を担当を経て、2020年4月からメディアデザインセンターのバーティカルメディア・エディター。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)。 withnewsにも執筆中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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