お粗末すぎる年金広報~知られざる厚労省動画
広報内容の改善は進むも周知は不十分。意図的に隠しているのなら国家的な年金詐欺だ
深沢道広 経済・金融ジャーナリスト
専門用語を多様、そして上から目線
このように、政府はわかりやすい広報について漫画などで子供にもわかるような意図で作りがちだ。しかし、この手法はやり方次第だ。通常の広報よりも表現ぶりに配慮しなければならないし、高度で難しい。
制度をある程度分かっている人は内容を理解できるかもしれないが、何も内容をわかっていない人にとっては分からないままである。いくら漫画であっても難解な専門用語を使えば、視聴者はとても理解できないという当たり前のことにすら気づいていない。動画を作ってそれを見た人が理解するかどうかは知ったことはないのである。
この動画も突っ込みどころ満載なのだが、国としては加入の方法や支払い方法など必要事項を説明する趣旨でいろいろなことを説明しすぎるあまり、随所に専門用語が出てくる。
「国民年金、厚生年金、基礎年金、老齢年金、障害年金、遺族年金等々」
厚労省には当たり前の年金用語が国民には理解しがたいのだ。「保険料を払いもせず、貰うだけはできない!当然ですね」と脅しともとれる言い方で、上から目線でとても嫌な感じがするのだ。
そもそもこのような動画ですら、国民の目にふれているとは言い難い。公的年金の加入者数は6700万人いるが、同動画の再生回数は7000件にも満たない。筆者も今回の騒動で初めて知った。
そもそも国民のどの層に対して広報しているのかはっきりしない。主として国民年金の納付率を向上させる政策の1つと考えられているのだろうが、ほとんど寄与していないのは火を見るより明らかである。私のように詳細に調べていた人か、よほどの暇人しか視聴しないだろう。
変わらぬ年金教育
これは大人になる前の学生・生徒に対する年金教育でもほぼ同じことがいえる。
厚労省は、教育機関とタイアップした年金教育を続けてきた。旧社会保険庁時代に国民年金の納付率が低下する中、若年層からの年金教育が必要との結論に達した。いわゆる中学生や高校生への年金教育だ。
生徒はもちろん、社会科や家庭課担当教員を対象にセミナーなども開催した。非常勤の年金教育推進員を設置したが、結局は天下り職員の受け皿だった。後はお決まりの年金作品コンクール、いわゆる表彰ものだ。
年金記録問題で旧社保庁が解体され誕生した日本年金機構になってからも変わらない。年金機構はこれまでの行政機関から民間の特殊法人に生まれ変わった。このころから、国民を顧客(お客様)と呼ぶようになった。
それから10年近く経つが、今でもやっていることはほとんど変わらない。教育機関と連携し、年金セミナーを実施したり、自治体や企業に協力要請したり、地域連携を強めている。作文がエッセイになったり、年金事務所の職員を出張させる地域相談事業を始めたり、関連事業を年々強化しているにはしているが、やはり予算は十分とは言えず実効性が数字として出てこないのだ。
厚労省の年金教育は結局のところ、国民年金保険料の納付率向上という至上命題が今もある。近年は制度加入やねんきんネットの利用促進など目的は多様化している。ゆえにテレビCM、ラジオ、インターネットなどの方法がターゲット層に効果的に届いていない。相手のことを考えて伝えるという基本中の基本すらできていないのだ。もちろん、厚労省はきちんと記載していると反論するだろうが、相手に伝わっていなければ書いてあっても意味はない。
今回の報告書を受けた、年金不信を払しょくするための年金教育でも同じことを繰り返しそうである。
筆者が以前高校生向けに受験英語を教えていたとき、「格差社会」や「階級社会」を説明するために、日本の年金を例に出すことがあった。年金とは無縁の高校生でさえ、年金について理解することは十分可能である。最低限20歳になると自動的に加入してしまう国に生きていることをきちんと相手が分かるように伝えることは必要ではないか。先生向けの講演で年金について語るときは、伝え方は当然変わってくる。
国民が年金について知るのは、多くが大人になってからだ。例えば、2000年代以降、企業が企業年金制度を変更する際、その説明として公的年金制度の現状を説明して初めて知るような場合だ。ここでは金融機関、外部の社会保険労務士、ファイナンシャルプランナーが説明に立つことが多いという。すると、現役世代のマネープランから、公的年金が細るから、老後資金は自助努力で補う必要があると結論づけられる。