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年金改革~消費税さらなる増税は不可避の現実

政府のGDP推計はあまりに希望的観測。2040年ニッポンの姿は――

深沢道広 経済・金融ジャーナリスト

Andrey_Popov/Shutterstock.com

 厚生労働省は「わが国の社会保障給付費は、世界に類のない高齢化率であるにもかかわらず、GDP対比で諸外国に比べればまだ低いから、制度が破綻することは決してない」という。これは名目GDPを過大に見積もった内閣府のいわくつきの推計を前提としたものだ。GDPの実績次第で社会保障費の比率は大きくはねあがるリスクがある。

 果たして年金制度は本当に安心なのか。

2040年のニッポンの姿

 社会保障改革を議論する厚労省の社会保障審議会が今年2月、ひっそり再開された。厚労省は議論の素材として「今後の社会保障改革について―2040年を見据えて―」を示した。

 厚労省の試算は2018年度予算をベースに足元の年金、医療、介護、子育てといた社会保障の給付と負担の見通しを示す。政府の経済財政諮問会議が2018年5月、「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」として6年ぶりに公表した資料がベースとなっている。

 それによると、人口構造の推移が2025年以降は、これまでの高齢者の急増から現役世代の急減へ局面が変化する。具体的な数字をみると「2018年の就業者数は6580万人だが、2025年に6350万人となり、2040年には5650万人になる」という。「そこで、負担と給付の見直しに加え、健康寿命の延伸や医療介護サービスの生産性向上を含めた社会保障改革の全体像について国民的な議論が必要」と訴えている。

 2018年度の年金、医療、介護、子ども・子育てなどの社会保障給付費121.3兆円(名目額)のうち、年金は56.7兆円と最も多い。これが2040年になると、社会保障費は188.2兆~190兆円となり、年金給付は73.2兆円に拡大する見通しだ。

 2018年度は保険料収入70.2兆円、国庫負担33.1兆円、地方負担13.8兆円などでまかなわれている。このうち年金は保険料が39.5兆円、公費負担が13.2兆円となる。厚労省OBによると、「一見、巨額な金額だけをみると、不安になるが、大したことはない。想定通り」という。

 これを額面通り受け取ることができるだろうか。

 氏によれば、諸外国の公的年金制度を見ても、4人に1人が65歳以上の日本の高齢化率の高さからしても、社会保障の給付規模はさほど大きくない。2010年に中国に抜かれたとはいえ、世界第3位の経済大国たる日本の国内総生産(GDP)が大きいためだ。つまり、他の先進諸国に比べても、国民負担は重くないというのだ。

「経産省の希望的観測」

 今後の人口推計は厚労省傘下の国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(2017年推計)」の出生中位(死亡中位)を前提としている。これまでの人口研の実績値を見ると、2000年度の高齢者数は2204万人だったにもかかわらず、2015年度には3387万人と15年間で1183万人増加した。

 今回示した試算では、高齢者の増加のペースが変わることなどから、2018年度の高齢者数は3561万人だったが、2040年度に3921万人にとどまるという。全人口に占める高齢者の割合は2000年度から2015年度の15年間では6.8%ポイント程度上昇したのに対して、2025年度から2040年度の15年間では2.1~2.2%ポイント程度の上昇にとどまると見込む。

 つまり、日本の高齢化スピードは急激に鈍化することになり、社会保障給付費の伸びも抑制されるという見立てだ。

 これに対して、名目GDP成長率については内閣府の中長期の経済財政に関する試算(2018年1月)などを踏まえて計算している。この内閣府が推計する名目GDP成長率の予測は財務省の中長期の財政再建計画を含め様々な政策決定の前提となる重要な統計だ。

 しかし、ある財務省OBは内閣府の推計について「いろいろ盛りすぎで最近はほとんど経産省の希望的観測だが、これまでやむを得ず使ってきた」と打ち明ける。

厚労省に選ばれた「社保審」の人々

 先の社保審の会合で、GDPについて言及する人は皆無だった。触れてはいけない所与の前提なのであろう。社保審のメンバーは厚労省に選ばれた人だから、基本的に厚労省に都合の悪い人はそもそも選ばれない。

 財務省OBでマクロ経済の専門家である法政大学経済学部教授の小黒一正氏はこの内閣府の名目GDPの成長率予測について「実績とのかい離に関する検証や改善方法を検討する必要がある」と真っ先に指摘してきた1人だ。このような楽観的な成長前提で適切な長期シナリオを検討できるはずがないのだ。

 社保審に限らず、学者は別として、経済界など団体から代表して議論に参加する利害関係者がそれぞれの団体の立場を言いがちだ。

 たまに不規則発言もある。例えば、社保審でも日本医師会の今村聡副会長が医師の働き方改革の問題など多くの課題を指摘するとともに、「実践的な社会保障教育が義務教育において自ら自分事として社会保障を考えられるような実践教育を行っていただきたい」と発言した。おそらく医師会の立場ではなく、氏の個人的な見解としての発言と思われるが、言論が完全に封じられているわけではない。

 もちろん、議論の素材としてある程度の具体的な数字を示さなくてはならないのは理解できる。しかし、議論のベースとなる数字があまりにも現実とかけ離れているのであれば、それは議論の方向性を見誤ることにならないか。

 筆者は見せ方の問題で、15年先の2040年の社会保障の姿がどうなるかは厚労省にもわからないのではないかと思う。予算や単価の置き方次第で、数値は何とでもなるからだ。将来実現するかわからないGDPをもって、社会保障給付費が今と比べて抑制されるから、制度の持続可能性に問題がないというのは、国民を欺く方便ではないか。

GDP実績値は年0.3%

 「失われた10年」から「失われた20年」、そして「失われた30年」になるのか――。

 過去20年の日本の名目GDPの実績値は平均0.3%である。これに対して、内閣府の国民経済計算(SNA)などの予測値の平均は1.5%とざっと5倍の開きがある。

 金額で見ても、2000年度に約510兆円だったが、2018年度に約550兆円と約40兆円しか増えていない。2008年のリーマンショックなどの経済不況の影響もあったが、低金利が継続し、デフレが長期化する経済情勢の中、個人消費は思うように伸びなかった。

 しかし、2040年の推計によると、厚労省の推計の前提となる内閣府の推計は、2018年から25年までの7年間で名目GDPが81.3兆円増加し、25年からの15年間で145兆円増加する見通しだ。内閣府の成長率を前提にすれば、それが2018年度以降の今後15年間で名目GDPは1.55~1.57倍になるというのである。

 あまりにも楽観的な見通しではないか。

 2004年の年金改革のとき、厚労省が内閣府の前提で甘く見積もり、経済産業省が実施した厳しい見積りが出てきたことがあった。どちらの見積りが適切だったか当時は分からなかったが、結局今も同じなのではないか。

危うい水増し成長

 厚労省推計を見ると、この経済前提は2019年度から2027年度までは内閣府の「中長期の経済財政に関する試算(2018年1月)」等、2028年度以降は公的年金の2014年財政検証に基づいた前提値を使用している。

 経済前提は①経済成長が足元並みで推移したベースライン・ケース(2028年度以降は2014年財政検証ケースF)②順調に経済成長する成長実現ケース(2028年度以降は2014年財政検証ケースE)の2つのケースを想定。年金については2014年の財政検証に新たな将来推計人口・経済前提を簡易的に反映し、今年10月から始まる年金生活者支援給付金の実施を織り込んで計算している。

 例えば、成長実現ケースでは、2027年度の名目GDP成長率は3.5%、2028年度以降は1.6%となる。一方、ベースライン・ケースでは2027年度の名目GDP成長率は1.7%、2028年以降は1.2%である。

 しかし、バブル崩壊後失われた20年と言われるこの間の名目GDP成長率は年平均0.3%でしかない。成長実現ケースでは7倍以上、ベースライン・ケースでも5倍の水増し成長を前提とする。

 果たしてこの前提で改革を検討していいのだろうか。

消費増税不可避の現実

 厚労省推計は、このような水増しされた経済成長を前提とし、2018年度にGDP比で21.5%を占めた社会保障給付費が、2040年度に23.8~24.0%に増加すると見込む。つまり、今後2018年度以降の15年間で2.5%ポイント上昇にとどまるという。年金だけを見ると、2018年度はGDP比10.1%だが、2040年度には9.3%に低下する。一方で医療や介護のGDP比はそれぞれ上昇する。

 しかし、この前提となるGDPは内閣府の水増しされた経済成長率で算出されている。筆者の問題意識はこれをより保守的な経済成長率で算出すれば、GDP比の社会保障給付費は大きく跳ね上がるのではないか。

 内閣府の経済成長を前提としてGDPを名目額でみると、

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