政権トップの言動が憎悪とナショナリズムをあおる
2019年07月09日
日本政府は4日、半導体材料3品目の韓国向け輸出を個別審査する規制を発動した。8月以降は韓国を「ホワイト国」(安全保障上、信頼関係を築く国)の指定から外す。半導体材料だけでなく、電子部品や化学品、工作機械など幅広い分野の製品に輸出規制が広がる可能性がある。
半導体メーカーであるサムスン電子やSKハイニクスは、日本以外の国からの代替輸入を検討しているが、品質の確保が大きな壁になる。3品目の在庫は1~4か月分で、日本からの輸出が停滞すれば、半導体の生産ペースや輸出は落ち込む。
7月6日付朝鮮日報によれば、在庫が1か月分しかないエッチングガス(フッ化水素=半導体の洗浄に使う)は、日本が個別審査に切り換えたことによって、すでに品不足が目立ち始めている。「報復は現実になった。在庫が切れれば工場を止めるしかない」という業界の声を伝えている。
同紙は、不意打ちを食らってパニックに陥った韓国の内情を伝えている。「大統領府は事態が急変した責任を各省庁に押し付け、省庁はサムスンやSKを呼びつけて事前の情報収集不足を責めている。では、政府や在日大使館は一体何をしてきたのか。日韓対立を放置してきた政府は無策で無責任だ」と厳しく批判している。
韓国政府はWTO(世界貿易機関)への提訴や国産品開発支援の方針をあわただしく決めたが、うまくいっても成果が出るのは先の話である。韓国紙は「やはり日本は怖い」と見出しを立てている。
上の表にあるように、規制対象の3品目は対日輸入依存度が極めて高い。フッ化ポリイミド(高強度・高絶縁性のフィルム)とレジスト(感光材=回路パターンの転写に利用)は90%台、エッチングガスも40%台である。
半導体の製造は約500工程あり、コンピューター制御による精緻な調整の上で稼働している。工程の一つでも欠けると生産はストップし、使う素材が別の企業の製品に変わるだけでも品質管理が困難になるほどだ。
例えばレジストの場合、日本製品は5ナノメートル(1ナノは10億分の1)の超微細加工を可能にするが、韓国産は10ナノメートルが限界。汎用品は作れても、世界最先端で競争する製品は作れない。
韓国は1980年代から、部材の購入先を欧米企業に広げようとしてきたが、実を結んでいない。品質が優れて納期が正確、輸送距離が短いという日本企業の利点があまりに大きいからだ。
日本政府は半年以上前から、極秘に業界の専門家を交えて100を超える先端製品をリストアップし、どれを規制すれば韓国に最大の打撃を与えるかを調べてきた。
経済不振が続く韓国で、半導体は自動車と並ぶ輸出の柱である。その半導体分野で韓国が簡単には輸入多角化できない3品目を選び出し、安倍首相の主導のもとに巧みに報復を仕掛けた。
日本政府は今回の措置に踏み切った理由を、「不適切な事例があったからだ」と説明する。どんな事例かは言わないが、経済産業省は記者会見で「軍事転用や最終需要者以外の第三者に渡った可能性」に触れた。
これは日本の「準同盟国」や「安保友好国」であった韓国を、「安保憂慮国」あるいは中国並みに「仮想敵国」扱いすることを意味する、と韓国は受け止めている。「日米韓」から外れた韓国が「中露北」に近づいていることへの「警告」という見方もある。
安倍首相の周到さは、7月1日という発表のタイミングにもうかがえる。自由貿易を謳ったG20が終わった直後なので、各国首脳から直に批判を受ける心配はない。G20で安倍首相が文在寅大統領との接触を徹底して避けたのは、今にして思えば、事前通告なしに不意打ちする腹積もりだったからだろう。
またこの日は参院選公示の直前であり、選挙に向けて国民に「強い日本」「決める政党」を印象付けるには絶好のタイミングでもあった。ネットでは「すっきりした」「韓国をもっと叩け」などの反韓ナショナリズムがあふれている。
一方、文大統領は、戦犯企業約70社を対象とした徴用工裁判について、日韓請求権協定(1965年)に基づく協議を求める日本政府の要請に無反応を通してきた。文政権はこれを「戦略的沈黙」と呼んで正当化している。
今年の3.1独立記念日(1919年に日本からの独立を求める運動が起き、多くの死者を出した)の演説では、「韓国から親日残滓を清算する」と発言し、国民の反日ナショナリズムに訴えかけた。
親日残滓とは日帝残滓とも言い、植民地時代の制度、文化、言語、生活慣習などを排斥すべきものとして指す言葉である。日韓慰安婦合意(2015年)で設立された「和解・癒やし財団」も、文政権は最近解散することを決めた。
日本は韓国のやり方に怒り、韓国は歴史の痛みに鈍感な日本に反感を募らす。悪循環が進めば、政治、経済、軍事、民間交流に至るまで、憎悪にまみれた深刻な分断が生じる。
朝鮮日報は6日、大統領府が水面下でトランプ大統領に日韓首脳会談の仲介を依頼したがっていると報じた。経済への打撃に焦っているように見える。
今回の措置では、日本企業も打撃を受ける。半導体材料の輸出規制により、素材メーカーは業績が悪化する。長年、品質改良や営業努力を積み重ねてきた成果が、自国政府によって損壊させられるのである。
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