法律改正で国家資格がなくても外国人に有料で「ガイド」ができるようになった。
2019年07月11日
東京オリンピック・パラリンピックまで1年を切りました。ビザ緩和政策で「インバウンド」と言われる訪日外国人は、年間3000万人を超え、さらに4000万人に迫る勢いで増えています。それにともない、私たちの生活空間でも、外国人を身近に感じるようになってきました。
論座では、互いを知るため、一歩踏み出す機会としてワークショップ「私にもできるかも! 外国人客のガイドに必要なスキルを学ぶ」を開催します。
私たちにできるおもてなしは何か。どうコミットしたらいいのか。彼らは私たちに何を求めているのか。一緒にガイドのこつや心構えを学びましょう。開催概要や申し込みはここから。(終了しました)
7月の梅雨の合間のとある日。大学生の子ども2人の夏休みに合わせて両親が休暇を取り、アメリカから初めて日本にやってきた4人家族を、私は2週間かけて東京から広島までの旅をガイドした。
京都でのツアー。朝は市営バスと嵐電を乗り継ぎ嵐山へ。京都の中心部から約1時間で、緑深い山と桂川が我々を迎えてくれる。なぜ、朝一でここをガイドしたのか――。
お客様が竹林の写真撮影を熱望されていたからだ。ガイドの仕事はそこに案内して終わりではない。ここで竹と日本人とのかかわりや、七夕の話を紹介した後、今度は天龍寺へ移動した。
天竜寺は禅宗の一つ臨済宗天龍寺派大本山だ。お客様にとって関心の高い「禅」「日本庭園」について説明。最近、アメリカの東海岸では「マインドフルネス」が流行中ということもあり、次々と質問が飛んできた。
「瞑想の仕方は?」
「禅とはなにか?」
こういった本質的な質問まで飛び出すこともあり、近くにいたお坊さんに質問に答えていただくこともあった。境内で本格的な精進料理を召し上がった後は、お客様を茶道・書道体験の会場に案内し、昼の部は終了。夕方、お客様とホテルのロビーで再会し、祇園方面へと徒歩で向かった。
京都の街中には、とにかくちょうちんをよく見かけた。旅の初めに案内した東京の下町では、ちょうちんといえば居酒屋の印、と紹介し笑いをとっていたが、ここ京都でのちょうちんは少し特別である。祇園祭のちょうちんから話をはじめ、祭りばやしの練習を聞きながら散策するうちに、八坂神社に到着した。そこで取り出したのは、タブレット。祇園祭のハイライトである山鉾巡行の写真・動画を紹介することで、祭りの臨場感を伝えられたらと考えた。
夜の祇園ツアー、後半戦の目玉は何といっても花街の文化。海外では「ゲイシャ」という言葉が有名になっており、日本を題材にした映画、小説でも度々登場する。そうしたフィクションの中には本来のイメージとかけ離れたものもあるので、タブレットで写真を見せながら花街のビジネスモデルから、秘密のベールに包まれた芸妓や舞妓の暮らしまでを街中の建物と関連づけて話を進めた。
最後に、お客様の好みに合う飲食店に送り、この日のツアーは終了した。
前振りが少し長くなったが、全国通訳案内士という仕事の一端をイメージしていただけただろうか。
日本を訪れる2018年の外国人客数は、年間3000万人を超え、今年も増え続けているという。それにともない、「インバウンド」という言葉をよく耳にするようになった。
ところが、その「インバウンド」をとりまく環境が、今、大きく変わりつつある。
東京や京都の市街地を歩けば、外国語があちこちで飛び交う光景によく出くわすようになった。地方の自然豊かな山村にも、外国人客が次々と押し寄せている。いや応なく、私たちはそうした外国人客と様々なシーンで付き合うことになる。それなら互いに理解し合い、私たち一人一人が持っている力、眠らせている力を活用した方がいいと考えてはどうか?
ここからは、世界各地から日本を訪れるお客様とともに日本を旅し、日本の魅力を紹介する仕事に従事する筆者から見た「インバウンドの現状」をみなさんと一緒に考えていきたい。
「通訳ガイド」という職業名を初めて耳にする人も多いことだろう。まずは、どのような仕事なのか、想像してほしい。
言葉の「通訳」をする人?
観光バスで団体客を引率する「ガイド」?
どちらも正解であるが、十分な答えではない。
正式名称は「全国通訳案内士」。国土交通省(観光庁)が管轄する国家資格で、報酬を得て外国人客とともに日本国内を案内し、日本各地の観光地や文化、習慣、歴史などを外国語で紹介する仕事である(他に地域限定の通訳案内士資格も存在する)。
知名度は高くないが、訪日外国人客にとって日本の印象を左右する重要な責務を負っているという点から「民間外交官」に例えられることもある。
国家資格試験に合格し、さらに現場で仕事をするには、外国語能力の他に日本の地理・歴史・観光などに精通していなければならない。現在は、通訳案内士法が改正され、国家資格は不問となったものの、それでもやはり高い能力が求められることに変わりはない。
筆者は6回目の受験で合格し、2013年から600組以上のツアーを案内してきた。そのうち実に8割は、お客様の人数が5人以下の個人ツアーである。東京を中心に、ときには富士箱根、日光など日帰りで旅行できる範囲の1日、もしくは数日間のご案内という仕事が多い。もちろん、大型バスを利用して40人近くの団体を引率することもあるが、よりお客様と近い距離感で、個人の希望に柔軟に寄り添える形のツアーに魅力を感じ、得意としている。
ガイド仲間には海外居住経験者、長期留学経験者が多数いるが、筆者にはいずれの経験もない。つまり、生まれてからずっと日本国内に住んで、英語も国内で勉強してきた。ガイドの現場では、もちろん言葉の面で勉強不足を痛感し、悔しい思いをすることもある。しかし、「日本代表」の通訳ガイドとして世界各地からのお客様と接するうちに、少しずつ自信と誇りも醸成されてきている。
読者の中でもし「自分は海外で英語を勉強していないから……」と遠慮をしている人がいたら、ぜひ勇気と自信をもっていただきたい。日本に生まれ育った人の内側には、ご自身が当たり前と感じる普段の生活や地域の文化・習慣の中に、外国人客に伝える価値のあることは山のようにあるからだ。あとは、伝え方や表現を工夫すれば良いのだ。
近頃、お茶の間では訪日外国人客のユニークな日本滞在記を紹介するテレビ番組が人気を得ている。番組で紹介されるケースは、旅行者本人の個性や好みが前面に押し出されていることが多い。日本人の視聴者でさえ知らない世界をのぞかせてくれるため、とても刺激的な内容である。
しかし、番組を視聴していると、素朴な疑問が湧いてくる。
「そもそも日本を訪れる多くの外国人客は、どんな旅をしているのだろうか?」
そこで、彼らの訪日旅行の実態を探るため、三つの質問を通して検証していきたい。
▼質問1:You(=訪日外国人客)とはどんな人たちを指すのか?
JNTOの統計資料によると、2018年は3119万人が日本を訪れている。
全体の約3分の2にあたる2000万人強は中国、台湾、韓国といった東アジアからである。インバウンドのツアーというと「アジアからの団体客がツアーで観光と爆買いを楽しむ」様子がよく報道されている。
しかし、このトレンドも変わりつつあり、時代遅れになりつつあるという。かつて団体ツアーで日本を初めて訪れた東アジアの人たちが、やがて個人ツアー客として再来日するケースが増えているからだ。背景には、2010年以降のアジア各国におけるビザ発給要件の緩和、並びに各国の経済成長など複数の要因が考えられる。
筆者のような英語によるガイドも、ネイティブスピーカーのみならず、ノンネイティブのお客様をご案内する機会が年々増えつつある。
▼質問2:彼らの旅の目的と主な訪問先は?
JNTOの統計によると、訪日外国人客の目的は上位から「日本食を食べること(95.8%)」「ショッピング(85.1%)」「繁華街の街歩き(74.4%)」「自然・景勝地観光(65.5%)」となっている(2017年のデータ)。ただし、この調査では複数項目を回答できるようになっており、1カ所で全ての項目を満たすわけではない。
もう少し具体的な事例を紹介しよう。
筆者のメイン客層である欧米豪からのお客様は、1回の旅行で平均2週間滞在する。長い時間をかけての移動、言語や文化・習慣の違いなど、複数の要因があり、多くの人たちにとっては「一生に一度」の日本旅行になる。そのため、国内の「ゴールデンルート(東京~富士箱根~京都~広島)」を中心に、定番観光地1カ所につき数日ずつ滞在する。
他には、先述のゴールデンルートを基本としつつ、特定のテーマにもとづいた旅をすることもある。例えば欧米の熟年層には現代美術の好きな方も多く、彼らは瀬戸内国際芸術祭の開催地や金沢の21世紀美術館、東京の草間彌美術館などを訪問する。
アジア圏からのお客様は、1回の滞在が平均1週間、あるいはそれより短期間の滞在が多い。距離的な近さ、文化・習慣の近似性も相まって、日本に複数回来ているリピーターも多いため、毎回異なる地域・テーマで旅行を楽しむ傾向がある。かつて徳島県の祖谷をツアーの下見で訪れた際、出会った香港からの若い女性は、美しい自然と癒やしを求めて2泊3日の短期滞在で来日したとうれしそうに話していた。
▼質問3:彼らは日本で何を楽しんでいるのか?
三つ目の質問では、彼らが各地で「何を」「どのように」楽しんでいるかを見ていこう。
旅行口コミサイト大手のトリップアドバイザーによると、2018年の訪日外国人客に人気の高かった体験・ツアーのランキングは以下の通りである。
ランキング上位の体験・ツアーは大きく三つに分類される。
①「カート運転」「サイクリングツアー」といった、移動手段とガイドツアーを同時に楽しめるもの
②「料理教室」「伝統文化体験(茶道、生け花、着付けなど)」など、日本の伝統・文化を主体的に体験できるもの
③「フクロウカフェ」など、他の国や地域にはないサービス・施設
ここ数年で、国や地域を問わず、訪日旅行で個人ツアーの比率が高まっていることを考慮すると、上記のような体験・ツアーを各地でうまく組み合わせる取り組みが、今後ますます増えてくると予想される。別の言い方をすると、観光地の説明を一方的に聞くだけのガイドツアーでは満足できず、旅行者がより主体的に参画できる要素や、より高い付加価値が求められているのかもしれない。
・安全に(=交通手段や食事場所の手配など、旅の段取りを整える)
・楽しく(=日本の魅力を伝え、お客様を喜ばせる)
・快適に(=お客様の不便さの解消、より良いサービスの提案)
この三つのポイントを踏まえ、日本国内を旅行できるように働くのが通訳ガイドである。筆者が得意とする個人ツアーの場合、通訳ガイドが上記の役割を全面的に担うこともある。通訳ガイドがお客様と直接向き合い、彼らの希望に耳を傾け柔軟に対応する様子は、ホテルのコンシェルジュにも通じるものがある。
個人ツアーのほかに、イベントなどでは旅程管理、つまり電車や食事、宿泊地などに円滑に案内する添乗業務や司会業、通訳業の側面も加わる。
約2週間にわたり、全国各地を旅し、文字通り寝食をともにしたお客様からいただいた賛辞が忘れられない。
「私たちにとって初めての日本への旅行。あなたのガイドのおかげで、私たちは日本という国の素晴らしい点、美しい部分に数えきれないほど触れることができたわ。どうもありがとう」
次回は、通訳ガイド業務の工夫や、そこから見えてきた訪日外国人客の実像について紹介し、みなさんの理解を深めていきたい。
外国人観光客や留学生、就労者の増加で、日本は今、多様な人が暮らす社会へと急速に変化しています。私たちにできるおもてなしは何か。どうコミットしたらいいのか。彼らは私たちに何を求めているのか。互いを知るため、一歩踏み出す機会としてワークショップを開催します。一緒にガイドのこつや心得を学びましょう。
◆講師
古屋絢子さん
【通訳ガイド稼働実績】*言語は全て英語
2017年度:120日 (個人ツアー 110日 / 団体ツアー10日)
2018年度:170日(個人ツアー 60日 / 団体ツアー110日)
◆開催日時・会場
8月3日(土)13時~16時(12時30分開場)
朝日新聞東京本社 本館2階読者ホール(地下鉄大江戸線築地市場駅すぐ上)
◆チケット代・定員
参加費2000円、定員72人(好評のため増やしました)。申し込みが定員に達した時点で締め切ります。
◆参加申し込み方法
Peatixに設けられた「論座」のイベントページから参加申し込みをお願いします(ここをクリックするとページが開きます)
◆ワークショップの概要
第1部「お客さんは何を求めているのか」【講義中心】
・現役ガイドの経験からアドバイス。ガイドの心得や外国人が好むポイントとその対処法を紹介します。
第2部「異文化ギャップ 私ならこうする」【グループワーク中心】
・古屋さんが経験した異文化ギャップを例題にして、グループごとに自分ならどうするかを考え深めてもらいます。(古屋さんからのフィードバックもあります)
第3部「こんなこと質問されたら」【グループワーク中心】
・古屋さんがお客さんによく聞かれる質問を例題にして、グループごとに自分ならどうするかを考え深めてもらいます。(古屋さんからのフィードバックもあります)
※講演・ワークショップは日本語で行います。必要に応じ、英語表現を紹介します。
◆みなさんへのメッセージ
海外から日本に来る人がどういう視点で旅をしているのかを知り、日本人が当たり前だと思っていることを見直す機会になればと思います。これまで一歩を踏み出せなかった方、学生の方も大歓迎です。
◆主催
朝日新聞「論座」編集部
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