AIと報道(上)ヒトにしかできない仕事
津田大介が七つの提案「スロージャーナリズム」機能高めて生き残れ
松本一弥 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist
東日本大震災がきっかけに

FIJ理事兼事務局長で弁護士の楊井人文さん=撮影・吉永考宏
楊井がファクトチェックに関わるようになったきっかけは2011年3月11日に起きた東日本大震災だ。直後に大混乱が続く中、楊井は放射性物質の拡散を予測する「SPEEDI」(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)をめぐる大手メディアの報道を見ていて「これはおかしい」と強い疑問を持った。100億円以上の国費を投入して開発された予測システムのSPEEDIは、運用機関の原子力安全技術センターが実際には文部科学省などからの依頼を受けて稼働させて様々な予測計算を行っていたにもかかわらず、そうした情報が迅速・的確に国民に知らされることはなく、情報の混乱に輪をかける形となっていたからだ。
3.11をめぐってネット上の真偽不明の情報に人々が翻弄(ほんろう)される様子を目の当たりにした楊井は「はたしてメディアはこれまでも正確な報道をしてきたのか」との疑問を深め、日本報道検証機構を設立。マスコミ誤報検証・報道被害救済サイト「GoHoo」を開設した際もこのSPEEDIに関する報道を真っ先に検証した。
その後、楊井はFIJ設立に向けて動き、2017年6月の立ち上げとともに理事兼事務局長に就任。同年秋の衆議院解散に伴う総選挙では4つのウェブメディアとともにファクトチェックを実施したほか、2018秋の沖縄県知事選では6つのウェブメディアと琉球新報が参加する形でファクトチェックを行った。
人の力だけに頼ったファクトチェックには限界がある
「ファクトチェックの課題の一つは『足の速い』ニセのニュースの拡散をいかに早期に食い止めるか」「その点、人の力だけに頼ったファクトチェックには量的な限界がある」――。ファクトチェックにAIを導入する必要性を当初から指摘していた一人が、FIJ理事でもあるスマートニュースフェローの藤村だ。
FIJでは東北大学大学院の乾研究室や日本報道検証機構、スマートニュースと協力し、AIを使ってフェイクニュースの疑いがある「疑義言説」を検知するシステム「Fact-Checking-Console」(FCC)の共同開発を進めた。そして2018年9月にはファクトチェック・プロジェクトでの運用開始にこぎつけ、同年9月の沖縄県知事選プロジェクトでは実践的な運用に取り組んで成果を上げた。
この時、運用されたのがFCCだ。
FCCの仕組みとはーー。楊井や藤村によると、ネット上にあふれる玉石混淆(こんこう)の情報や言説の中で、例えば「この情報はデマではないか?」との疑問を持った人がツイッターでそうつぶやいた場合、そのつぶやき情報をAIが「自然言語処理技術」を使って検知して自動収集。そうして集められた情報の中から「より疑わしい可能性が高い情報」(端緒情報)を絞り込み、上位から点数をつけてスコア化して表示する。
つまり、インターネット上の膨大なニュースの中から信憑(しんぴょう)性が疑われる情報を抽出する「前処理」作業はAIを使ったシステムに任せ、その後はファクトチェックを担当する人間の力で「ファクトチェックの対象とすべき情報」だけを抽出、それらを徹底検証していくというハイブリッドな流れだ。
こうした作業を繰り返すことで、AIは「専門的にファクトチェックすべき価値のある端緒情報とは何か」を機械学習し、データを蓄積しながら精度を高めていく。その結果、ファクトチェックを担当するファクトチェッカーにとっては作業の大幅な効率化が図れるため、絞り込まれた個別案件についてより深く調べたり記事化したりすることができるというメリットが生まれる。また、これらのワークフローや情報データベースを整備していく計画で、ファクトチェックカーが取り組む作業のさらなる効率化が図られると期待されるという。
ファクトチェック情報を埋没させないオープンなスキーム作り

スマートニュースフェローの藤村厚夫さん
「ファクトチェックされた情報をその後どうするかが大きな課題」。藤村はそう力説する。そんな問題意識のもと、得られたファクトチェック情報がそのまま埋没しないようにと、FIJでは現在、スマートニュースが中心になって「オープンに活用可能なシステム向けのデータベース」の整備と、フェイクにまつわる様々な情報を収納したデータベースから外部のプログラム(例えば検索エンジン)などが自動的にデータを取り出せるようにするための「API」(Application Programming Interface)の整備を進めている。これが進めば、人間が読むファクトチェック情報だけでなく、検索エンジンなどへの反映も自動化されたりするという(すでにグーグルは、ファクトチェック済み情報が検索結果に反映される手順を公開している)。
「ファクトチェッカーがていねいに調べた結果を誰も使わないというのでは価値がない。私たちはファクトチェックされた結果をなるべく多くの人に公共性の高い情報として提供していく必要があると考えている」と藤村は話す。
「現時点ではFCCのほうが先に動いていてデータベースのほうはまだできていないが、技術的な問題があって遅れているのではなく、データベースを運用して使ってくれる人を見つける作業が追いついていないだけ。このデータベースはスマートニュースが主導して構築するつもりだが、別にスマートニュースのものにする必要もなく、あるいは『ファクトチェック・イニシアティブ』のものでもなく、広く社会のものにしたい。その意味で、ゴールはあくまで『オープンなスキーム作り』です。グーグルやフェイスブックなど様々なところで情報提供に携わる企業の参加を求めつつ、誰が使ってもいいようなデータベースとしてどのような形で運用できるかという課題を今後解決していきたい」

Media×Techのホームページ
藤村の責任編集で、スマートニュースはメディアをめぐる様々なテクノロジーを紹介しながら「テクノロジーを活用した次世代のメディアをどうやって創りだしていくか」を考えていくブログサイト「Media×Tech」を開設した。
1990年代を株式会社アスキー(当時)の書籍および雑誌編集者として、またロータス(現日本アイ・ビー・エム)ではマーケティング責任者として過ごし、その後はアイティメディア代表取締役会長として同社をマザーズ上場に導くなど「紙媒体とウェブメディアの先頭」を走り続けてきた藤村。そんな藤村はブログ開設にあたり「メディア大航海時代に向けて」と題したメッセージを公開。「オールドメディアであろうと、スタートアップであろうと、テクノロジーを味方に引き寄せることで『大航海時代』へと乗り出せるはず」だと強調した。