「分かち合い」の考え方が劣化していく恐ろしさ
2019年07月14日
金融庁審議会の「老後資金2000万円」報告書を機に、「年金」が参院選の争点としてクローズアップされている。
いくつかの政党は、年金制度の抜本改革を掲げる。国民の関心も年金が最も高いようで、朝日新聞記事によれば、6月3日から1カ月間につぶやかれた日本語ツイートから政策にかかわる言葉を抽出したところ「年金」が圧倒的に多かったようだ。「介護」「老後2千万円」が続いて多かった。
野党は「年金不安」を煽れば、票が動くと思っているのだろう。2004年に国会議員の年金未納問題が明るみ出て、その年の参院選で民主党は躍進。第1次安倍政権だった2007年には「消えた年金」問題が噴出し、参院選で自民党は大敗。民主党は参院第1党となり、2009年の政権交代への足がかりとなった。
ところが、年金を争点化したことに、年金政策にかかわる民主党議員たちは忸怩たる思いを抱いていた。2012年4月7日付朝日新聞の連載記事「民主党政権 失敗の本質 3」が、それを伝えている。
「消えた年金」を暴いて自公政権に迫り、「ミスター年金」と呼ばれた民主党の長妻昭は、政権交代最大の功労者の一人だった。その長妻は今、「年金を争点化させるつもりはなかった」という。「天下りと並ぶ官僚任せの古い政治の弊害として取りあげた。年金そのものは与野党で協議すべき課題だと今も思う」
民主党の代表や幹事長として政権交代を目指してきた鳩山由紀夫に聞くと、明け透けな返答で驚いた。
「年金がこのままではボロボロになって、年を取ってももらえなくなるという語りかけは、非常に政権交代に貢献してくれた」
年金のありようを探る現場の政治家の思いと、有権者の支持獲得を優先する党指導者の思いは、大きくかけ離れていたのだ。
(中略)
年金に取りくんできた与野党議員の間には、政治争点にしてはならないという共有認識があった。
「年金は『国家百年の計』。対立をあおり、不信感をあおって、制度を崩壊においやるような愚は避けたい」。民主党参院議員だった今井澄は02年、著書に記した。与野党合意で年金改革をしたスウェーデンを視察。同国は90年代にバブルが崩壊して失業率が8%を超え、戦後最悪の経済危機に陥った。少子高齢化も進み、国民の危機感が与野党協議の背中を押した。
今井が02年にがんで亡くなると、民主党参院議員の山本孝史が年金一元化案をつくり、03年総選挙のマニフェストに「提言」として控えめに載せた。山本はこの案を強くアピールしなかった理由について「年金は超党派で議論が必要だ」と説明していた。その山本も07年にがんで亡くなった。
与野党の接点を探る彼らの努力は「選挙」で吹き飛んだ。国会議員の年金未納問題で沸いた04年参院選は大きな節目となった。「年金不信」は自公政権を直撃し、民主党が勝利。民主党は「年金改革など対立争点を明確にし、マニフェスト選挙を展開することで支持拡大を図れるという『成功体験』」と総括した。
年金制度に通じている政治家は、抜本改革の余地がほとんどないことに気付いている。目的とすべきなのは老後不安の払拭であり、その手段として年金制度の抜本改革以外にもいくらでもある。私が特に進めてほしいのは住宅政策だが(参照『「老後は持ち家」は今や昔。年金より住宅を!』)、さまざまな政策アイデアを競ってほしい。実現する可能性が乏しい年金制度改革に、時間を費やす余裕はない。
年金への不信が高まるなかで、特に若い人たちの反応が気になる。「年金には期待していない」という声が多い。
無理もない。老後生活に十分な年金が支払われないから「自助しろ」と国(金融庁)が呼びかけるなら、「じゃあ、自分で運用するから、いまのお年寄りのために年金保険料を巻き上げるな!」と思うだろう。
そうした若い人たちには、制度の重要性を粘り強く説明していくほかない。
党首討論を聞いていても「マクロ経済スライドで年金が減る」「マクロ経済スライドは将来の給付を確かなものにする」「36年後に積立金が枯渇する」「積立金の運用益は民主党政権時代の約10倍出ている」といった、国会の厚生労働委員会でやってほしい細かい議論ばかり。党首討論であれば、税と社会保険の役割分担、限られた財源をどこに重点的に配分しようとしているのか、などの考え方の違いをあぶり出してほしい。
私たちも「社会保険」としての年金について理解しなくてはならない。学校教育で教える必要がある。恥ずかしながら私も、厚生労働省担当の記者になった35歳で初めて勉強した。
年金とは、長生きリスクを社会全体で分かち合う社会保険である。
よろこぶべき「長寿」を「リスク」と捉えるのは、抵抗があるかもしれない。「社会のお荷物だから早く死ねと言うのか」「敬うべきお年寄りに対して失礼だ」と反発を覚える人もいるだろう。
だが、生きるにはお金がかかる。そして、人間はいつまで生きるかはわからない。
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