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「ないものはナイ時代」に何を作ればいいのか?

星のや軽井沢にはテレビがありません/売れ筋を追っていると価格競争を抜け出せません

南雲朋美 地域ビジネスプロデューサー 慶應義塾大学・首都大学東京非常勤講師

地域プロデュース3拡大布のような器「ceramic mimic fabric」。伝統技法を進化させ、磁器に、洗い込んだリネン(麻)の風合を再現した薄くて軽やかなグラス=文山製陶提供

 「ないものはナイ」と言われている昨今の成熟市場の中で、新しいものを生み出すことはとても大変なことです。

 商品やサービスを作る側は、市場調査などのマーケティングを行って、顧客の「あれが欲しい」「これをなんとかしたい」というニーズを探り当てたとしても、顧客がイメージできる範囲にあるものは、実は市場をくまなく探せば、大抵、どこかに存在しているのではないかと思います。

 例えば、パソコンやスマートフォンが存在しなかった時代を考えてみましょう。

 その時代にはパソコンの概念がなかったので、いくら市場調査をしても顧客アンケートの結果の中からは「パソコンが欲しい」とは出てこないのです。

 革新的(イノベーティブ)な商品の多くには、開発に至るまでのどこかに論理の飛躍(ジャンプ)があると思います。

 論理的な経営戦略を構築することは企業にとってとても重要です。しかし、それだけでは競争優位となる革新的な商品やサービスを作ることは難しいのではないでしょうか。

 革新的な商品やサービスを作るためには「ニーズにない」という発想が必要なのです。

 その発想でもの作りを行えば、成長が鈍化してしまった企業や伝統であることにしばられて身動きが取れなくなってしまった伝統工芸でも、新たな市場を創造できると思います。

「星のや軽井沢」がテレビを置かない理由

 星野リゾートが運営する「星のや軽井沢」にはテレビを置かないということが魅力の一つになっています。

地域プロデュース3拡大星のや軽井沢の客室にはテレビはおろか時計も存在しない=星野リゾート提供

 正しく言えば、魅力をお客様に堪能していただくための「仕掛け」と言ったほうが良いかもしれません。テレビを置かないというのが戦略の一つなのです。

 テレビが当たり前になっている方からすると、高級リゾートなのにサービスが行き届いていないとか、むしろ大画面のテレビを置くべきではないか、と思われるかもしれません。ですが、テレビを見てしまうことで、商品である「ここにしかない魅力」の一つを楽しんでもらえないことが多々あるのです。

 「星のや軽井沢」の敷地内には、川が流れ、ムササビが飛び交う森に囲まれ、朝などにテラスにでてたたずんでいると霧が山から山に緩やかに移動していく様やシラサギが優雅に羽ばたいている光景を目にすることがあります。これはテレビ以上の魅力ではないでしょうか。

 お客様に、そういった豊かな自然を楽しんでいただきたい。このような、こだわりが強くあれば「よろしければテレビを消して外をご覧ください」という控えめな提案ではなく、テレビをなくしてしまうことで、来館されたお客様に都会とは全く異なるまれな景色があることを発見し、楽しんでいただけると思います。

 仮に「どんなサービスがあればいいですか?」と顧客に聞いても、「テレビを置かないで欲しい」というニーズはどう切り込んでも出てこないでしょう。

 温泉旅館のような日本に古くある成熟した産業でも、ニーズにないものを提供することで「圧倒的な非日常感を満喫できる場所」という市場を生み出して、需要を促すことができるのです。

 しかし、「ニーズにないもの」とはどうやったら発想できるのでしょうか。


筆者

南雲朋美

南雲朋美(なぐも・ともみ) 地域ビジネスプロデューサー 慶應義塾大学・首都大学東京非常勤講師

1969年、広島県生まれ。「ヒューレット・パッカード」の日本法人で業務企画とマーケティングに携わる。34歳で退社後、慶應義塾大学総合政策学部に入学し、在学中に書いた論文「10年後の日本の広告を考える」で電通広告論文賞を受賞。卒業後は星野リゾートで広報とブランディングを約8年間担う。2014年に退職後、地域ビジネスのプロデューサーとして、有田焼の窯元の経営再生やブランディング、肥前吉田焼の産地活性化に携わる。現在は滋賀県甲賀市の特区プロジェクト委員、星野リゾートの宿泊施設のコンセプト・メイキングを担うほか、慶應義塾大学で「パブリック・リレーションズ戦略」、首都大学東京で「コンセプト・メイキング」を教える。

 

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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