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「ないものはナイ時代」に何を作ればいいのか?

星のや軽井沢にはテレビがありません/売れ筋を追っていると価格競争を抜け出せません

南雲朋美 地域ビジネスプロデューサー 慶應義塾大学・首都大学東京非常勤講師

「感性を磨くためにはどうすればいいのか?」

 私は、16年間外資系コンピューターメーカーでマーケティングを担当した後、星野リゾートの広報に転職しました。

 広報という職業は、商品の魅力や開発背景をメディアに説明しなければなりません。16年もコンピューターを相手にしていた仕事から一転、オシャレで素敵な婦人雑誌の編集長たちを相手に日本文化や歴史的なこと、そして、新しい日本旅館のあり方を伝える仕事になりました。「何が魅力で」「それはどうしてなのか」、こういったことをどう語ればよいのかわからず、借りてきた言葉を駆使して、お話しするのが関の山でした。

 このままでは真意をお伝えすることができないと思ったので、独特の哲学と美学を持ち、マーケティングの研究家でありながらも、美術にも詳しい大学時代の恩師に聞いてみました。

 「感性を磨くためにはどうしたらよいですか?」

 恩師は、こうアドバイスしてくれました。

 「今ある食器を捨ててみてはどうですか?」
 「気に入っているもの以外の器を捨てるのです」

 私は驚いて「そんなことをしたら、そばちょこ1個くらいしか残りません」と答えると、「では、そのそばちょこで、みそ汁もパスタもごはんも食べるのです」と言いました。そして、こう説明してくれました。

地域プロデュース3拡大江戸時代後期から明治初期のアンティークのそば猪口は選ぶのも楽しい=南雲朋美さん提供

 「自分が気に入っている器だったら、丁寧に扱うでしょう? そういった日常の振る舞いが、あなたの所作を美しくするのです。そして、こだわりを語ることで言葉が磨かれて会話が生まれる。自分の目にかなったモノ、自分が気に入ったモノに囲まれて生活してみてはどうですか?」

有田焼のブランディングで感じたこと

 早速、恩師に言われた通りに気に入っていない器をひとまずは押し入れに突っ込み、食器棚を半分空にしました。そして、出張に行くたびに、各地の職人や店員の話に耳を傾け、一皿一皿集めるようになりました。

 ある時、器と感性には深い関係があるのではないかと思ったことがあります。

 器は服のように、人に見せる「外的」な目的はほぼありません。基本的には自分の近しい人たちだけが関係する「内的」な存在です。そのためか、器にはその人本来のこだわりがでやすいのではないでしょうか。器にこだわりがある方は感性が豊かな方が多かったので、器と感性は比例すると感じています。ただし、この逆は必ずしもそうだとは言えないようです。つまり、感性があるからと言って、器にこだわりがあるとは限らないとも思っています。

 「アートに正解はない」という言葉でさらに勇気をもらったこともあり、自分が気に入った器だけを買うようにしてから10年が経過しました。感性が磨かれた気はしませんが、ガサツな振る舞いは減ったようで、お皿が欠けたり割れたりすることはほとんどなくなりました。また「好きなものを好き」と言えるようになりました。簡単なようで、これができない人は意外と多いようです。

 そんな器との関係性が芽生えたころ、星野リゾートを退職し、偶然にも器の総本山とも言える、あの有田焼のブランディングに携わることになりました。

地域プロデュース3拡大窯元の工房では職人の手仕事で器が生まれる=文山製陶提供

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筆者

南雲朋美

南雲朋美(なぐも・ともみ) 地域ビジネスプロデューサー 慶應義塾大学・首都大学東京非常勤講師

1969年、広島県生まれ。「ヒューレット・パッカード」の日本法人で業務企画とマーケティングに携わる。34歳で退社後、慶應義塾大学総合政策学部に入学し、在学中に書いた論文「10年後の日本の広告を考える」で電通広告論文賞を受賞。卒業後は星野リゾートで広報とブランディングを約8年間担う。2014年に退職後、地域ビジネスのプロデューサーとして、有田焼の窯元の経営再生やブランディング、肥前吉田焼の産地活性化に携わる。現在は滋賀県甲賀市の特区プロジェクト委員、星野リゾートの宿泊施設のコンセプト・メイキングを担うほか、慶應義塾大学で「パブリック・リレーションズ戦略」、首都大学東京で「コンセプト・メイキング」を教える。

 

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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