アルゴリズムを使って社会の分断を何とか解消しようという試みも
2019年07月20日
『AIと報道(上)ヒトにしかできない仕事』に続いて、(下)ではジャーナリズム活動をめぐる様々なフェイズでAIを活用している人たちの取り組みの一端をみていこう。
ビジョンは「ビジネスとジャーナリズムの両立」、それを実現するためのミッションが「ニューステクノロジーの追究」と「報道の機械化」――。そんな考えを前面に打ち出しているのが、30歳の米重克洋社長が率いる報道ベンチャー、JX通信社だ。
JX通信社が手がける具体的なサービスは四つ。まず、消費者が発信する様々な情報の中からAIを使って災害、事件、事故など「ニュース性のあるもの」を抽出し、確度の高いものについて、発生地域の情報などを加える形で多くの報道機関や公共機関に配信する「FASTALERT」(ファストアラート)。投稿された情報の中から虚偽情報を排除する作業はAIを中心に行うのが特徴だ。
また、消費者が「スマートフォンで最も速くニュースを知る手段」となることを目指した速報特化型アプリ『NewsDigest』。速報対象となる情報を見つけてユーザーに伝えるまでの全てのプロセスがほぼ完全に自動化されている点が重要なポイントだという。
また機械を使った自動電話世論調査に関しては、2018年の沖縄県知事選情勢調査で沖縄テレビや琉球新報とともに実施するなど実践的な展開を進めているほか、AIでニュースを自動編集・配信するための基盤ニュースエンジン「XWire」(クロスワイヤ)の提供も行っている。
「『ビジネスとジャーナリズムの両立』というミッションを通じてコストカットに貢献できれば、その分、報道産業に携わる全ての人が『人間でしかできない仕事』に特化し、付加価値の創出により注力できる。損益分岐点は下がり、収益機会が増え、再び持続可能性や成長性を認められる産業に生まれ変わります」
メディア企業の未来をそう語る米重が目指すJX通信社の将来の姿は「仮想通信社」だ。「ニューステクノロジー」だけがあり、取材する記者や建物としての支局などはないが、「既存の報道機関の業務に大きく貢献するとともに一般消費者のライフラインとしてのニュース配信を支える」、そんな新しいタイプの通信社を目指したいという。
米重は中学校の同級生に「航空オタク」がいたことがきっかけで航空業界に興味を持つようになった。たまたま当時読んだ記事で、日本には格安航空会社は誕生しないと大手航空会社社長が発言していたことを知り、既存の規制に保護された状態に安住して消費者が何を求めているかのニーズに向き合っていない航空会社の姿勢にカチンと来たという。
「その時、将来は航空会社をつくりたいなと思いまして。ただいきなり巨額の費用を要するようなことがすぐにできるわけもないので、そこに向かうための一つのステップという意味で、何か起業してビジネスをやらなければと」。中学2年生の時にそう考えたのだという。さて自分が関心を持って取り組める課題は何かと改めて考えた時、もともと「報道オタク」で新聞やテレビのニュースが好きだったことを思い出した。
他方、韓国のインターネット新聞「オーマイニュース」に着想を得た形で2003年、市民記者によるインターネット新聞「JANJAN」が日本で創刊され、注目を集めていた。「生活や仕事の現場から、既存マスコミが取り上げないニュースを送る」とうたい、日本でのネットメディアのさきがけとなったが、その後閉鎖や休刊に追い込まれるという動きがあった。
「当時はそういうやり方が成立するなら面白いなと思って肯定的に見ていました。既存のメディアに対抗する『オルタナティブジャーナリズム』という言い方もしていたので期待もしていたんですが、ある意味でビジネスモデルの失敗ではないかと……。私自身はそういうものが好きな消費者という立場にいたので、すごくもったいないなと感じましたし、『ネットのサイトはもうからない』という課題は解決しなければいけない、そしてそこをビジネスにしていけば航空会社設立の夢にもつながるのではと考えました」
その後、米重は2008年、ウェブやフリーペーパーを組み合わせてメディアを展開する会社を起業。3年後にはエンジニアの採用を増やす中で、自然言語処理という技術を使って自分好みのニュースを収集できるニュースアプリを消費者に提供するというサービスに取り組み始めたことが今日の活動につながっていった。
JX通信社の従業員は約30人。うち6割ぐらいがエンジニアで元記者はいないという構成だ。個別のサービスごとに競合他社は無数にいるというJX通信社が「他社よりここが優れている」とアピールする点はどこか。
「『テクノロジーを使って報道機関をいかに再構築するか』ということに関しては世界的に見ても一番集中しているテクノロジー集団だと思っています。私自身ジャーナリストの経験がまったくなく、ニュース好き、新聞好きの消費者という立場でずっと見てきて、『ここは疑問だ』という点をテクノロジーで解決していくということをやってきた。そういう目線があるということが我々の強みだと考えています」と米重はいう。
こうした経験を積み重ねながら実感した既存メディアが取り組むべき課題について、こう整理する。
「いま消費者が一番時間を使っているのはスマートフォン画面の上です。なので『そこでいかに存在感を広げるか』という一点だけに集中投資するということが大事なのではないでしょうか。私がいつも思っているのは、組織ジャーナリズムの中核にいる存在である新聞社の場合、流通構造と心中する必要はないということです。新聞社や組織ジャーナリズムの価値は、ある意味で社会の安定的なライフラインで重要な言論機関として読者に情報を届けるということであり、そこがある意味でコアなので、伝達手段が紙であるかネットであるか、届ける先がスマホなのかそれ以外のものかという点にこだわる必要はないと考えます」
米重はいう。
「『あれも問題』『これも問題』というふうにやっていくと手のつけようがなくなるので、『どの問題を解かなければいけないか』という課題の特定だけを明確にしておけばいい」。それは何かといえば、基本的にジャーナリズム活動を続けていくには「経済合理性を担保する必要がどうしてもある」ということだと指摘する。
「現在は、利用者に向けてサービス内容をパーソナライズすればするほどその人の滞在時間が増え、それによって広告収益なり課金収益が生まれるーーというメディアのビジネスモデルになっていて、それはプラットフォーム企業も同じです。そこで『そうではないやり方で経済合理性が保てるビジネスモデル』を新たに作っていく必要がある。その際、ビジネスとして存続する方法が、社会を分断するような方向ではなく、それとは別の、分断を回避する方向で存続できるようにしていくという問いを解かないといけない。そういう時に、『教育が大事』とか『読者や視聴者の意識を上げていこう』みたいなことをいう人もけっこういるのですが、そこから始めるとたぶん、この話は私が生きている間には解決できないと思います」
AIとジャーナリズムの関係は今後どこまで密接になっていくか。米重の考えはこうだ。
「ジャーナリズムのワークフローの中で、AIによる自動化やテクノロジーの役割というのは確実にものすごく大きくなっていくと思います。機械化できない余地はほぼないといっていいでしょう。ただ重要なのは、AIにはできなくて人間にできることは何かというと、課題設定、いわゆるアジェンダ設定だと思います」
「何か取材をしようというときに、記者のほうには問題意識や仮説があって、その疑問に対する答えを知るためにももっと情報を集めようとか、この人に情報を聞こうという流れになると思うのですが、そういうアジェンダ設定自体は機械にはできない。そこは言論機関としての『命』というか、それがなければ成立しないぐらいのことだと思います。問題設定の感覚を磨くというか、そういうところが本質的に人間が集中すべき部分。機械でできることはもう機械に任せて、人間は人間でなければできないことに集中するというふうに産業モデルを組み替えざるをえなくなるところまで、AIやテクノロジーはいまのジャーナリズムのワークフローの中にどんどん入ってくると思います」
「私たちは自動化した便利な『ツール』や『システム』を提供しているのではなく、報道現場とともに目的(ゴール)を目指すため、報道を支援するための『サービス』を提供していると思っています」
AIを使ってSNSの動画や画像を自動収集する中からニュースの端緒となるものを報道機関に提供する情報解析会社「スペクティ」のモットーだ。
そう語る社長の村上建治郎は「報道現場がいまどんな問題に直面していて、それをどうやって解決していこうとしているのか。ゴールは何かということを常にメディアと一緒に考えよう」と社員に話しかけているという。
創業は2011年。東日本大震災に直面し、外資系のIT企業の社員だった村上はボランティアとして何度も東北地方に出かけたが、実際に見た現場の様子は報道されている内容とはだいぶ乖離(かいり)があると感じた。また報道を通して入ってくる情報よりも、現地にいる人たちがSNSを通じて投稿する情報のほうがはるかにリアルで正確だということも痛感したという。
その後、ネット上の雑多な情報をきれいに整理した個人向けのアプリのようなものを作ってみたことがもともとのきっかけだった。
村上はもともとコンピューターやインターネットが好きというタイプの学生で、卒業後は外資系のIT企業に就職していたが、2011年に個人事業として創業。13年にはスマホアプリ版「Spectee」(以下、スペクティ)の開発を開始、16年には報道機関向けの「スペクティ」をリリースした。
同社のホームページに掲げられた「スローガン」には、「報道が1分早くなれば、100万人の命が助かる」というタイトルのもと、3.11に絡んでこう書かれている。
「もしも現場の声を早く的確に伝えることができたらどれだけの人命を救えることが出来ただろうか。現場の声をいち早く正確に伝えるサービスを創ろう。 それは次の震災に必ず役に立つ、そして世界中に必ずそれを必要とする人がいる」
AIを使ってSNS上の投稿を解析する速報サービス以外では、同社は「AI記者による自動ライティング」をめぐる研究開発も進めている。
事故災害などのようにある程度の定型文が装丁されるケースについて、SNS上の情報をもとに自動的に記事をつくり、あとから人間が具体的な事実を追記していったり、公式情報をもとに記事を書き起こしていったりするというスタイルだ。5W1Hの定型的なニュース文法に適した記事を生成できる特許(「AI記者」)を2017年に申請、それをベースに現在も研究開発を続けているという。
そうして生成した記事については、「AIアナウンサー」が人に近い音声で読み上げるというサービスも手がけている。キャッチフレーズは「もっとも人に近い AIアナウンサー」。名前は「荒木ゆい」。テレビやラジオの番組でナレーションもする。キャラクターは「栃木県出身の27歳。東京の私立大学を卒業後、東京キー局のアナウンサーとして就職、その後フリーとして独立した」という「設定」だ。
同社の特徴は「AIとヒトのハイブリッド」。記者経験のある人を採用するとともに、テクノロジーにすべてを任せるのではなく、並行して人によるファクトチェックも必ず行っているという点だ。
その理由を村上は「我々は報道機関に対して一定のクオリティーをきちんと担保しなければなりません。それが『報道機関に対し我々は便利なツールを提供しているのではなく、報道を支える裏側としてのサービスを提供している』ということの意味です」と説明する。
具体的には、日々の業務の中では「情報管制官」と呼ばれるファクトチェック担当者が、その情報は事実に基づいているか、解析した発生時刻や発生場所は間違っていないかなどについて様々な情報を参考にしながらチェック作業を日々行っているほか、ニセ情報を見つけるたびにチェックの精度を高める議論を社内で交わし、必要に応じてシステム自体にフィードバックして反映させている。ファクトチェックについての勉強会も月に1回程度の頻度で開いているという。
「一日にそれこそ何百本っていうSNSの情報が流れてくるので、一日を振り返って問題がなかったか毎日反省し、日々改善をしています」と村上は話す。
創業当初、代表メッセージとして村上は「新しい時代のCNN」というキャッチフレーズをホームページに掲げた。そこに込めた思いについてこう説明する。
「1980年、米国のテッド・ターナーが立ち上げたCNNは、世界で初めて速報ニュースを24時間ライブ配信で届けるなど、それまでのニュースの世界の常識を大きく変える画期的なメディアでした。できた当初は既存のメディアからいろいろたたかれもしましたが、でも振り返ってみるとやっぱり凄く新しいメディアだった。あれから40年近く経ちましたが、この間、ニュースの世界で何が変わったかというと、CNNが立ち上がったころのような革新というのはまだ起きていないのではないか。そこで我々は、ニュースの世界に技術的な革新を起こし、世界中から集めた最も信頼性の高い情報をどこよりも速く伝えていきたい。またその意味で『新しい時代のCNNを作ろう、CNN以来のニュースの革新を起こそう』ということを合言葉に日々努力していきたいと考えています」
NTTデータは2017年1月、人工知能を用いて、アナウンサーが読み上げる気象ニュース原稿を、気象電文から自動生成する実証実験を4カ月にわたって実施したと発表した。
発表資料によると、「本実証実験では、難易度が高い文書自動生成に挑戦し、自動生成された原稿の品質が実用に耐えるかの検証を行った」と指摘。具体的には、気象庁が過去に公開した気象電文と、過去にアナウンサーが読んだ気象ニュース原稿をセットにして学習する仕組みを構築し、過去4年分の気象電文から気象ニュース原稿を生成する規則を学習したという。
そうして出来上がった原稿を評価した結果、「日本語の文法は人が読んでも違和感の無いレベルで、意味の正しさにおいては多少の修正が必要なものの、概(おおむ)ね気象電文と同じ内容の文書を作成できることを確認」したとしている。
その後、現在は記事ではなく映像データに着目し、「映像に写っている人物や音声、テロップにフォーカスし、映像をAIに解析させて自動的にタグ情報をつけることで、映像の再利用の促進、編集作業の効率化、ダイジェスト自動生成を行う」ことに取り組んでいるという。
朝日新聞社は2017年9月、社内組織であるメディアラボの自然言語処理チームがAIを利用した自動校正システムを開発、このシステムの基礎部分にあたる発明について特許を出願したことを明らかにした。「本システムでは、人工知能が文中の各単語をチェックし、文意を読み取ったうえで、必要かつ最適な置き換え候補を出力することができる」とした上で、「カギを握るのが、朝日新聞社が日々の新聞編集で蓄積してきた、ベテラン記者によるデスク作業(文章を整える仕事)における校閲履歴。記事化に要した実際の校正内容を大量に人工知能に読み込ませ、パターンを機械学習させることで、新しい文についても、単語単位なら複数の書き換え候補が考えられる場合にも文脈に応じて最適候補を絞り込むことが可能になった」とした。
また、株式会社ミンカブ・ジ・インフォノイドと共同開発した「高校野球戦評自動生成システム」では、スコアブックを読み込んで勝敗を分けたポイントを読み解く戦評記事を素早く書くAI記者「おーとりぃ」が登場。「過去にスポーツ面や地域面に載った約8万の高校野球の戦評記事と、スコアデータを組み合わせたデータを用いて『このゲーム展開になったらこういう戦評になることが多い』という傾向を分析。テンプレートを作成し、エキスパートシステムを用いて記事を生成」すると説明した。
さらに「自動要約・見出し生成研究」では、「過去30年分の見出しと本文の組み合わせをディープラーニング(深層学習)技術で学習させることによる自動見出し生成の研究」に取り組み中だ。「人間がつける見出しに比べて遜色ないレベルを目指して」いるとしている。配信先のメディアのレイアウトや雰囲気に合うよう、様々な文字数の見出しを生成できるのが特徴だという。
AIを使った海外での取り組みはそれこそ枚挙にいとまがない。
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