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子育て一段落世代を引きつける通訳ガイド

自分の力を生かしたい――。そう考える世代を狙って地域ガイド養成講座が続々

古屋絢子 全国通訳案内士(英語)

インバウンド3Andriy Blokhin/shutterstock.com
 今年の秋から、日本ではラグビーワールドカップ、来年の夏の東京オリンピック・パラリンピック、そして2025年には大阪万国博覧会へと、国際的なビッグイベントが続く。団体旅行から個人旅行へ、観光地巡りから日本文化体験へ、といった外国人客の旅行の変化の流れに加え、留学生や就学生の受け入れ拡大政策がとられていることがあり、身近な生活空間で外国人と接する機会が日常的なこととなった。いまやビジネスやアカデミックな会合でも、外国人を喜ばせるプラスαの「おもてなし」が不可欠な時代。そんな時代に生きる私たちは、どうしたらいいのか? 私たち日本人の外国人対応のスキルアップが急務になっている。

 「論座」編集部では、通訳ガイドの古屋絢子さんの連載記事とともに、8月3日にワークショップ「私にもできるかも! 外国人客のガイドに必要なスキルを学ぶ」を開きます。申し込みはここをクリックしてください。(終了しました)

「自分たちには、何ができるだろうか?」と立ちすくむ

 ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピック、大阪万国博覧会に加え、自治体による国際コンベンションの誘致も盛んだ。

 なぜか?

 それは来日した外国人客が、スポーツ観戦やビジネスといった主目的の前後に、日本各地を訪れるからだ。それは、東京や京都といった有名観光地のみならず、日本人でさえ訪れる機会が少ない地域も選択肢に入ることがある。

 インバウンドの受け入れに習熟していない人や地域が、外国人客を目の前にして、「自分たちには、何ができるだろうか?」と立ちすくんでしまうこともあろう。そんな中で、今、全国の自治体で始まっているのが、「地域通訳案内士」の養成だ。

 背景には、地域の人たちを即戦力ガイドに育成したいという狙いがある。もちろん、筆者のような「全国通訳案内士」もいるが、国家試験のハードルは高く、数は限られている。

インバウンド3MAHATHIR MOHD YASIN/shutterstock.com

地域によっては需要に追いつけない

 通訳ガイドには、「全国通訳案内士」と「地域通訳案内士」がある。ともに国もしくは都道府県・市町村が認定するプロの通訳ガイドだが、いくつかの相違点がある。

 一つは案内できる地域の違いだ。全国通訳案内士は全国あらゆる地域が対象なのに対し、地域通訳案内士は地域が限定されている。

 もう一つは、養成課程だ。全国通訳案内士の場合、国家試験(筆記および面接試験)がある。合格者は、任意で通訳ガイド団体に所属し、新人研修を受講してガイド業務・技術の基礎を学ぶ。さらに旅行会社などに自分を使ってもらうように営業に行き、そこから仕事を依頼されてプロデビューを果たすことになる。

 かたや地域通訳案内士の場合、対象となる地域で所定のカリキュラムを受講し、修了試験を経て合格となる。優秀で熱意のある地域通訳案内士は、その地域で即戦力として期待される。修了後、独り立ちして通訳ガイドとして報酬を得ていくので、筆者のような全国通訳案内士のライバルになる、と考える人もいる。

インバウンド3福岡・天神の屋台で、人気の焼きラーメンを楽しむ香港からの2人連れの観光客(手前)

 しかし、筆者は、両者が共存しうると考えている。これまで全国通訳案内士の空白地域、ツアーの需要はあるのに全国通訳案内士の供給不足地域にとって、意欲のある地元の通訳ガイドが生まれることは、インバウンドの受け入れが進むことにつながる可能性が高い。ガイド同士が切磋琢磨してサービスの質を高めることで人材の厚みを増すことにつながり、報酬をアップさせていく可能性もある。

人生経験・地域の居住経験が生かせる場

 筆者が各地の地域通訳案内士の養成講座の講師を務めていて感じるのは、実はカリキュラムが充実している自治体の多さだ。筆者が講師の一人を務めたある自治体主催の講座では、約3カ月間、毎週末に開講され、以下のような講義・実習が用意されていた。

・地域のインバウンド受け入れの取り組み紹介
・地域の地理・歴史
・地域の産業と特産品
・旅程管理業務
・異文化コミュニケーション
・外国語
・ガイド実地研修

 別途、救急救命講習の受講も義務付けられていた。これだけ濃密なカリキュラムを短期間に消化するのは厳しいと思うほどでの内容だ。振り返って、筆者のような全国通訳案内士でさえ、ガイドに必要なスキルをこれほど効率よく学べる機会は滅多にない。

 そして、どの地域で講師をしても、受講生の人材の豊かさと、彼らの郷土愛の強さに驚かされる。日中、通りを歩くと高齢者ばかりを見かける地域でさえ、こと人材に関しては、私の予想以上に多様な背景を持つ個性的な受講生に出会えた。

・勤め先を定年退職した人(予備軍含む)
・都市部から移住した人
・子育てが一段落した人
・インバウンド関連の起業をしている人

インバウンド3ガイドの女性(左)に日本語のメニューを見せてもらいながら、説明を聞く外国人観光客たち=広島市中区

 もちろん、すべての修了者が即戦力になるとは限らない。しかし、ガイドに必要な心構えや基礎知識を備えた人が地域コミュニティーの中で、あらゆる生活シーンで活躍することは、その地域のインバウンドの受け入れ環境を良い方向に推進する力となるだろう。

 筆者が担当する科目は、「外国語」や「ガイド実地研修」だが、受講する人たちと話すと、人生経験や海外在住経験、地域の地理・歴史の知識、どれをとっても筆者よりはるかに豊かな、いわば人間としての幅を持つ人が少なくないことがわかる。

 そんなとき、つい格好を付けて妙に凝った表現を使ったり、細かな知識の披露に走りたくなったりすることを控えるようにしている。実は、通訳ガイドをしていても、外国人客のバックグラウンドによっては、そのように振る舞いたくなってしまうことがあるかもしれない。そこで注意をしなくてはいけないのが、あくまでも基本に忠実な通訳ガイドをすることだ。

インバウンド3商店街でおでんを選ぶ外国人=東京都江東区

アクシデント・旅程変更に即応できるのが地域ガイドの強み

 地域通訳案内士の強みの一つに、その地域の魅力を熟知し、アクシデントにもすぐ対応できる情報を持っているという点がある。

 「地元のことは地元の人におまかせ(一番よく知っている)」

 私はこう考えている。

 例えば、筆者も2週間にわたり全国各地に外国人客を引率するロングツアーを担当することがある。その際、最も難しさを感じるのが、急なアクシデントによる旅程変更だ。知っている飲食店も限られる。アレンジしようにも情報がなくては動けない。そうしたアウェーの土地ゆえの苦労も、地元の通訳ガイドならたやすく解決してしまうことだろう。実は、こうした安心感は、外国人客にとって大きな魅力であったりする。

インバウンド3外国人向けツアーで訪れた銭湯でくつろぐ外国人=熊本市中央区

 一人のガイドが日本各地に帯同するのはぜいたくな旅だ。一方で、地域代表ともいえる地域の通訳ガイドが旅先の各地で外国人客を迎え、質が高く地域に密着したガイドならではのサービスを提供することは、旅に彩りを与えることになる。

 地域の通訳ガイドや関連サービスを利用することは、地域に直接お金が落ちることにもなる。

二つのタイプがある養成講座

 このような地域通訳案内士の養成講座には、二つあると言われている。一つは、通訳ガイドとして何十年も活躍された大ベテランが登壇し、非の打ちどころのないモデルガイドを披露するような講座だ。

 もう一つは、筆者も含め、数多くの失敗談と反省に基づくアドバイスが中心の養成講座だ。いわば転ばぬ先の杖を提供している。

 また、充実した養成講座のカリキュラムには、「外の視点」も欠かせない。受講生らは、その地域に長年暮らす人たちが中心で、自分たちには気付きにくいことが時々ある。お客は外国人客であり、ニーズを読み取る必要がある。筆者にようにロングツアーを引率した際に気付いた「旅行者にとってうれしいサービスや必要なサービス」は、地域が限定され、日帰り中心の通訳ガイドでは気付きにくい点だ。あくまでもロングツアーをしている外国人客がお客だということを忘れてはならないからだ。

インバウンド3上野公園を案内する古屋絢子さん=東京都台東区

 通訳ガイドは、いわゆる会社員のようなキャリアデザイン、ライフデザインができるわけではない。自分の生活の中で、通訳ガイドの比率をどこまで高めるのか、またいつまでやるのか、それはその人個人に任されている。また、活動エリアが限定されていることで、通訳ガイドのマンネリ化もあるだろう。多くの外国人客は、その時限りかもしれない。しかし、時代によってニーズの変化はあるし、各地が外国人客の誘致合戦をしているという今、スキルアップやニーズのキャッチアップは欠かせない。だからこそ、地域通訳案内士の資格を得たとしても、受講生仲間、ガイド仲間としてその後も付き合い、切磋琢磨しながら成長していくことのできる環境をつくることが重要になる。

 筆者が養成講座で講師をする際も、受講生によるグループワークを課すことで、ひとりひとりの強みや個性を共有し、そこから学びあえるような仕組みづくりのきっかけを提供するようにしている。講師からアドバイスできるのは開講中のみだが、受講生のコミュニティーができれば、その後も支え合うことができる。

ワークショップ「私にもできるかも! 外国人客のガイドに必要なスキルを学ぶ」の参加者募集(終了しました)

 外国人観光客や留学生、就労者の増加で、日本は今、多様な人が暮らす社会へと急速に変化しています。私たちにできるおもてなしは何か。どうコミットしたらいいのか。彼らは私たちに何を求めているのか。互いを知るため、一歩踏み出す機会としてワークショップを開催します。一緒にガイドのこつや心得を学びましょう。

◆講師

インバウンド3古屋絢子さん
古屋絢子さん

全国通訳案内士(英語)。東京都出身、お茶の水女子大学大学院修了。日本科学未来館、東京大学を経て2013年に全国通訳案内士試験合格。個人ウェブサイトはここから。
【通訳ガイド稼働実績】*言語は全て英語
2017年度:120日 (個人ツアー 110日 / 団体ツアー10日)
2018年度:170日(個人ツアー 60日 / 団体ツアー110日)

◆開催日時・会場

8月3日(土)13時~16時(12時30分開場)

朝日新聞東京本社 本館2階読者ホール(地下鉄大江戸線築地市場駅すぐ上)

◆チケット代・定員

参加費2000円、定員72人(好評のため増やしました)。申し込みが定員に達した時点で締め切ります。

◆参加申し込み方法

Peatixに設けられた「論座」のイベントページから参加申し込みをお願いします(ここをクリックするとページが開きます

◆ワークショップの概要

第1部「お客さんは何を求めているのか」【講義中心】
・現役ガイドの経験からアドバイス。ガイドの心得や外国人が好むポイントとその対処法を紹介します。

第2部「異文化ギャップ 私ならこうする」【グループワーク中心】
・古屋さんが経験した異文化ギャップを例題にして、グループごとに自分ならどうするかを考え深めてもらいます。(古屋さんからのフィードバックもあります)

第3部「こんなこと質問されたら」【グループワーク中心】
・古屋さんがお客さんによく聞かれる質問を例題にして、グループごとに自分ならどうするかを考え深めてもらいます。(古屋さんからのフィードバックもあります)

※講演・ワークショップは日本語で行います。必要に応じ、英語表現を紹介します。

◆みなさんへのメッセージ

海外から日本に来る人がどういう視点で旅をしているのかを知り、日本人が当たり前だと思っていることを見直す機会になればと思います。これまで一歩を踏み出せなかった方、学生の方も大歓迎です。

◆主催

朝日新聞「論座」編集部