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ボリス・ジョンソンとは何者か?

ブレグジットの行方は?英国は合意なき離脱へ進むのか?

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

ブレグジットはどうなる?

 では、ボリス・ジョンソン首相の下でブレグジットはどうなるのだろうか?

 結論から言うと、合意なき離脱の可能性が高まったということである。あるいは、それ以外の道はほとんどなくなったと言ってよいのかもしれない。

 ブレグジットがなぜ迷路のようになってしまったかというと、EUから離脱して国境管理を厳しくすることと、北アイルランド問題の再燃防止のために国境管理を行わないこととは、そもそも両立しない課題だったからである。

 メイ前首相とEUの間の合意案では、ブレクジットを犠牲にして北アイルランド問題の再発防止を優先した。今のままのEUの関税同盟や単一市場にとどまることにしたのである。このため、ブレクジットを主張してきた与党保守党の人たちは、この案に猛然と反対した。再度説明しよう。

 離脱後にイギリスとEUが自由貿易協定を結べば、関税がなくなるので、国境管理が必要でなくなるように思われるかもしれない。しかし、そうではない。

 EUは域外の国に対して関税をかけて域内の産業を保護している。しかし、イギリスがアメリカと自由貿易協定を結んでアメリカから来る小麦の関税をゼロにすると、イギリスはEUとも関税なしの自由貿易協定を結んでいるので、アメリカ産の小麦が関税なしでイギリスに入り、その後また関税なしでEUに入ってしまう。

 これではEUの小麦農家を保護できないので、EUはイギリスから来る小麦はイギリス産のものでないと関税なしでの輸入は認められないとする。これが原産地証明と言われるもので、イギリス産かどうかをチェックするためには、国境管理が必要となる。

 つまり、イギリスとEUが自由貿易協定を結んで関税をなくしても、国境管理が要る。

 これはイギリスが外国にかける関税とEUが域外の国にかける関税が違うために、起こる問題である。もし、イギリスがアメリカなどのEU以外の国に対してもEUと同じ関税をかけるようにする関税同盟なら、この問題は解決できる。これは今と同じ姿である。

 しかし、関税はEUで決まられ、イギリスは決められないことになる。ブレクジットで関税自主権を回復しようとしたのに、イギリスは関税自主権を取り戻すことはできなくなった。また、イギリスはEU以外のアメリカや日本などの国と関税を下げて自由貿易協定を結ぶということはできなくなった。これがEU離脱派の怒りを買った。

 さらに、EU域内の基準や規制を統一する単一市場の問題もある。

 離脱後のイギリスからEU域内のアイルランドに入る物品について、その規格や基準がEUの規則にあっているかどうかの審査が国境で必要である。これをなくすためには、イギリスもEUと同じような規則を採用しなければならない。

 しかし、離脱後は、自分たちはEUの外に出てしまうので、これまでのようにEUに代表を送ってEUの規則を決定することができなくなるのに、それを守らなければならないことになる。これもブレクジットで主権の回復をするはずだったのに、むしろ今よりも主権が制限され、逆のことになってしまったと、EU離脱派の怒りを買った。(詳細は『ブレクジットを理解したいあなたへ』を参照されたい)

 EU離脱派の主張を入れるのであれば、関税同盟からも単一市場からも離脱しなければならない。そのためには、厳格な国境管理が必要となる。しかし、それを行うと北アイルランド問題が再燃するおそれがある。解がない問題だったのだ。

拡大難民問題での会議を終えて記者会見にのぞんだ仏マクロン大統領(左)と独メルケル首相=2017年8月28日、パリ

ボリス・ジョンソンがすがる道

 メイ前首相たちは「国境管理については検問所以外に技術的な解決によって自由な移動を維持できるようにする途もある」と主張した。しかし、将来的には可能かもしれないが、世界中でもそのような方法は採用されていないとEUに拒否された。国境管理は双方向なので、イギリスだけではなくEUも受け入れられるものでなければならない。

 実は、合意なき離脱回避のため、ボリス・ジョンソンが期待している唯一の方法は、EUがこれを認めることである。

 10月31日が近づくにつれ、合意なき離脱の恐怖を恐れるEUは譲歩せざるを得なくなるとボリス・ジョンソンは主張しているが、この瀬戸際政策(brinkmanship)には何の根拠もない。EUはメイ前首相と合意した協定の再交渉を明確に否定している。

 それどころか、EUは離脱時期の再延長すら認めない可能性がある。新しく欧州委員会委員長に就任したフォン・デア・ライアンは離脱再延長の可能性を示唆している。

 しかし、今回のEU首脳人事で顕著となったのは、イギリスに対して同情的な態度をとってきたドイツのメルケル首相の影響力の低下とこれに厳しい対応を示していたフランスのマクロン大統領の影響力の増大である。

 『ブレグジット 延期でどうなる?』で述べたように、前回の延期の際、最も反対したのはマクロンである。マクロンはトゥスク大統領の1年間の延長提案を10月31日までと半分に短縮させた。それをさらに延期させるとは思えない。


筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年東京大学公共政策大学院客員教授。「いま蘇る柳田國男の農政改革」「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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