島国ニッポン。「郷に入れば郷に従え」では済まない時代になった。
2019年07月31日
日本に来る年間3000万人を超える外国人客を通訳ガイドするために、筆者の古屋絢子さんは「三つの配慮」が重要だと言います。ガイドをやってみたいという人だけでなく、外国人客へのサービスを提供する人たちも欠かせません。見知らぬ地を旅していると、時々、困ったことや助けて欲しいと思うことに出くわすことがある。言葉が通じず、文化も風習も違う異国なら、さらに不安が募ってしまいます。
東京オリンピック・パラリンピックまで1年を切りました。「論座」編集部では、8月3日にワークショップ「私にもできるかも! 外国人客のガイドに必要なスキルを学ぶ」を開きます。申し込みはここをクリックしてください。(終了しました)
外国人客が多く訪れる地域は、もろ手で喜んでいる人たちだけではない。日本のマナーを守らないことに怒り、困惑しているという声も聞く。
もし皆さんが、外国人客のマナー違反の場面に遭遇したら、どのような行動をとるか、想像してほしい。
私の場合、案内するお客様には日本で守るべきマナーについて、具体的にとるべき行動をまず伝え、その後にその理由や背景を説明するよう心掛けている。
例えば、鎌倉や京都のツアーでは、1日に複数の神社仏閣や日本建築を訪問する。建物内に入る際、毎回靴を脱がなければいけない。日本人にはささいなことでも、家の中で靴を脱がない習慣の国・地域から来たお客様にとって、何度もとなると煩わしく感じられることがある。
私のツアーでは、最初の訪問場所に行くまでの会話の中で、日本人の「内と外」の意識、神聖で清浄な空間を保つための工夫として靴を脱ぐことなどの説明をしておく。すると、お客様は慣れないながらも、靴を脱いで建物内に上がることへの抵抗が少なくなる。周囲の日本人から見ても礼儀正しくふるまえたときには、お客様の自尊心も満たされ、印象的な旅につながる。
同時に、「日本での場所によるふさわしいふるまい」についての説明やお願いだけでなく、お客様の国や地域の習慣についても情報を集め、日本と大きな差がある場合を中心に、できればユーモアを交えて話しながら注意を喚起する必要がある。
一般的に、日本人は自分の信仰する宗教についてあまり意識をしていない。日本人は、「無宗教」と考えている人が多い。
ただし、そのことをストレートに外国人客に伝えると、疑問を増してしまうことがある。日本では人生の大きな節目と様々な宗教的な行事が結びついており、信仰心の有無にかかわらず、ライフイベントとしてそのような行事を行うことが多いからだ。
よくある事例として「日本では生まれてから成人するまでのお祝い事は神道式、結婚式はキリスト教式、お葬式や法事は仏教式で行う人が多い」ことや、「自宅に仏壇と神棚の両方があって毎朝お参りする」といったことを紹介すると、大変驚かれ、質問攻めにあう。
日本への旅となると、かなりの割合で神社仏閣が旅程に入る。お客様の中には、自分と異なる宗教施設、つまり神社仏閣を避ける、あるいは見学のみで参拝しない人もいる。見学だけの際も、手水舎の使い方や参拝方法を実演し、「もしよろしければ私の真似をしてください」と一言添え、お参りを強制するような言い方はしないように留意している。
「食」は旅の楽しみの大きな要素であり、ときに心配の種にもなる。
日帰りの個人ツアーでは、お客様と昼食をご一緒する機会が多い。ほとんどの場合、お店を予約せず、お客様の希望や前後の旅程を考慮し、当日午前のガイドをしながら決めることになる。お客様に好まれるお店の選び方やメニューについては、withnewsの記事「日本人にも使える? ベテランガイドが教える、外国人おすすめグルメ」で説明しているので、それを参考にしていただきたい。
最近、ますます増えつつあるヴィーガン(動物性蛋白質を一切食べない)のお客様への食事の提案は、2通りに分けられることに気付いた。
まずは、ガイドするお客様が普段食べているものと同じ、もしくはその食事に近いものを提供すること。
もう一つは、日本式のヴィーガン対応食を紹介すること。
異文化体験で宿坊や精進料理店に出向き、美しく本格的な精進料理に挑戦することがある。これは提供できる場が限られているうえ、日本食を食べ慣れない外国人にはハードルが高い面もある。ただし、忘れがたい経験となることは確かだ。
私が東京都内のツアーで特にすすめるのは、もう少し気軽な、白米、味噌汁に選べる主菜と副菜がセットになった「日本人の普段の食事」、つまり「定食」だ。
秋葉原の「こまきしょくどう」は、精進料理の普及に貢献された両親を持つ女将、藤井小牧さんが、毎日でも食べ飽きない精進料理をデリ形式で提供しており、ヴィーガンのお客様から支持されている。日本各地で作られた良質な食材・調味料にこだわっており、ここでの食事から、日本食の奥深さや魅力を語る人もいるほどだ。
通訳ガイドとして多くのツアーを実施するにつれ、これまで知らなかった世界に触れ、学ぶ機会を得ている。最も衝撃的だったのは、日本で生まれ育ったにもかかわらず、自分自身が日本文化を表層的にしか理解していなかったと気づいたことである。
実は、通訳ガイドの「プロ」になった直後、茶の湯の体験ツアーで通訳をした際、茶道の先生の話がほとんど理解できず、通訳に困ったことがあった。危機感を抱いていたとき、知人の紹介で「世界茶会」を主宰する岡田宗凱さんと出会い、初心者対象の茶会ワークショップに通うようになった。いまでは表千家に入門し、亀の歩みで基礎を学んでいる最中である。
「茶の湯は日本文化の総合芸術」とも言われるように、様々な分野の芸術が合わさって独自の空間を演出している。例えば、庭園、茶室の建築、床の間の装飾、道具、着物など、ひとつひとつを取り上げても知るべきことが無限に広がっている。私は、まだそうした世界を味わうどころか、知識の海でもがいている状態である。
私が通訳ガイドになって、最も幸せを感じる瞬間、それはこれまで当たり前だと思って見過ごしていた景色や普段の生活、日本人の気質などの美点を、外国人という外からの視点でお客様から具体的に教えてもらえることだ。もちろん、彼らの賛辞には多少のお世辞も含まれているのは理解しているが、それを差し引いても「感動のおすそ分け」は私にとって宝物である。
通訳ガイドは「総合力」が問われる仕事であると思う。これまでの人生経験、学び、趣味などすべてを活用できる可能性を秘めている。ただし、一方的かつひとりよがりな案内にならないように、お客様の感動や楽しみを増幅させるように常に工夫をし、そのための技を磨いていく必要がある。
私は、通訳ガイドの国家試験に6回目で合格した。合格通知を見た瞬間「これで長年の勉強から解放される!」と思ったものの、すぐにその考えが間違っていたことに気付いた。
「プロ」の通訳ガイドになって、受験時よりもさらに多くのことを、より深く学び続けている。そしてガイドの現場で得られた貴重な知見を、ガイド養成講座の講師や、一般の方への情報発信として還元している。いずれも通訳ガイドになりたての頃には、予想もしなかったことだ。
日常生活や旅のツールとして、スマートフォンの地図アプリや、小型翻訳機、オーディオガイドといったツールやサービスが次々と登場し、誰もが以前よりも気軽かつ快適に海外旅行を楽しめるようになった。10年後、AI(人工知能)の発達により、通訳ガイドの業務の一部はとって代わられることになるかもしれない。それでも、通訳ガイドという仕事はなくならないのではないか、と私は楽観している。理由は、今も昔も、旅の醍醐味は現地の人との交流だからだ。
外国人観光客や留学生、就労者の増加で、日本は今、多様な人が暮らす社会へと急速に変化しています。私たちにできるおもてなしは何か。どうコミットしたらいいのか。彼らは私たちに何を求めているのか。互いを知るため、一歩踏み出す機会としてワークショップを開催します。一緒にガイドのこつや心得を学びましょう。
◆講師
全国通訳案内士(英語)。東京都出身、お茶の水女子大学大学院修了。日本科学未来館、東京大学を経て2013年に全国通訳案内士試験合格。個人ウェブサイトはここから。
【通訳ガイド稼働実績】*言語は全て英語
2017年度:120日(個人ツアー110日/団体ツアー10日)
2018年度:170日(個人ツアー60日/団体ツアー110日)
◆開催日時・会場
8月3日(土)13時~16時(12時30分開場)
朝日新聞東京本社 本館2階読者ホール(地下鉄大江戸線築地市場駅すぐ上)
◆チケット代・定員
参加費2000円、定員72人(好評のため増やしました)。申し込みが定員に達した時点で締め切ります。
◆参加申し込み方法
Peatixに設けられた「論座」のイベントページから参加申し込みをお願いします(ここをクリックするとページが開きます)
◆ワークショップの概要
第1部「お客さんは何を求めているのか」【講義中心】
・現役ガイドの経験からアドバイス。ガイドの心得や外国人が好むポイントとその対処法を紹介します。
第2部「異文化ギャップ 私ならこうする」【グループワーク中心】
・古屋さんが経験した異文化ギャップを例題にして、グループごとに自分ならどうするかを考え深めてもらいます。(古屋さんからのフィードバックもあります)
第3部「こんなこと質問されたら」【グループワーク中心】
・古屋さんがお客さんによく聞かれる質問を例題にして、グループごとに自分ならどうするかを考え深めてもらいます。(古屋さんからのフィードバックもあります)
※講演・ワークショップは日本語で行います。必要に応じ、英語表現を紹介します。
◆みなさんへのメッセージ
海外から日本に来る人がどういう視点で旅をしているのかを知り、日本人が当たり前だと思っていることを見直す機会になればと思います。これまで一歩を踏み出せなかった方、学生の方も大歓迎です。
◆主催
朝日新聞「論座」編集部
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