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就職氷河期世代が求めた「三方良し」の働き方

三菱地所で稀有なキャリアを歩む井上さん。人生を変えたのは1冊の本とルーツだった。

岩崎賢一 朝日新聞バーティカルメディア・エディター

街づくりを通じて社会に貢献できる

――とはいえ、三菱地所に2007年に入社して2015年退社していますね。今は、一つの会社で勤め上げる「終身雇用」を前提に自分のライフデザインやキャリアデザインを考えるのではなく、自分には何が必要かを考え、それを獲得するために動いていく時代だとも言えます。

 私の場合は、自分のキャリア・アップというよりは、自分のイメージしたことを実現していくことを優先していました。それを実現するために、「気づき」や「出会い」の機会を創出することにフォーカスをしてきたと思います。三菱地所では、日本の経済の中心地で、食の重要性を発信することができました。街づくりを通じて、経済の発展にこそ、人々の健康や幸せこそが重要であることを呼びかけ、街のレストランやシェフ、生産者や地方自治体、官公庁や医療などを連携させ、人々の健康を支援する「丸の内モデル」を生み出せたことは良かったと思います。

ライフシフトジェネレーション③拡大2007年、新丸ビル開業時に同僚と=井上友美さん提供

チャレンジしたくなって沖縄移住

――井上さんのやりたいことと会社が求めること、これがwin-winの関係で出来ていたのだと思います。それでも2015年に沖縄移住を選択したのはなぜですか。

ライフシフトジェネレーション③拡大沖縄・伊平屋島にて=井上友美さん提供
 夫が東京と沖縄を往復しながら仕事をしていました。家族の事情もありましたが、自分の気持ち的にも8年目になり、もっとチャレンジしたいなという気持ちが出てきたころでした。会社にいると仕事の幅が限られるという面があります。

 幼いころから沖縄に移住したいと思っていました。人と人の距離が近い、密着した地域コミュニティーで何ができるのか、ということを考えていましたね。東京で大きなことを追い求めることより、沖縄をベースに近くにいる人や家族が充実して暮らせる価値観を作ってみたいと感じ始めていました。

 沖縄は子どもを生んでも隣の人が育ててくれるというような風土がありますからね。この学びはきっと地方創生の本質に突き刺さると思っていました。

人間らしい生活って

――近くの人との関係、それが豊かさにつながるという価値観は、かつては密着しすぎて避けられる傾向にありましたが、今、見直されてきているのかなと思います。

 沖縄では、場づくりのチャレンジをしていました。飲食店のプロデュースや地域のネットワークづくりを通じて、ものづくりや人づくりのスペシャリストの方たちとの出会いが宝物となりました。

 沖縄で出会った仲間は、家族のようで、天気のことを聞くように体調のことを聞いたり、親戚にも言えないような悩みや思いを共有したり、自然崇拝の慣習が残る沖縄では、水や風といった自然やご先祖様に感謝の祈りを捧げたり、とても人間らしさがありました。そこを追い求めて沖縄に移住しましたが、そうした仲間に出会って暮らす中で、「場所」に固執しなくてもいいのではないかとも考えるように変わってきました。自分を求めてくれているニーズと自分の思いがマッチするのなら、またそれが沖縄や仲間の暮らしに還元できるなら、東京で活躍するのもいいのではないか、と思えるようになりました。

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筆者

岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき けんいち) 朝日新聞バーティカルメディア・エディター

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで医療や暮らしを中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当、オピニオン編集部「論座」編集を担当を経て、2020年4月からメディアデザインセンターのバーティカルメディア・エディター。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)。 withnewsにも執筆中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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