中国に追い抜かれた日本の知財裁判
世界一の知財訴訟大国・中国。知財裁判はネット中継され、誰もが見ることが出来る
荒井寿光 知財評論家、元特許庁長官
4 ユニークな3階建ての損害賠償法
知財の損害賠償額の引上げは、米国からの要求に応える面もあるが、中国自身にとっても利益になるため、整備を加速している。
(1)中国の損害賠償制度
① 通常の損害賠償制度(知財の権利者の立証に基づき損害賠償額を算定する)
② 法定賠償制度(一定の金額以下のものは裁判官の心証に基づき算定する)
③ 懲罰賠償制度(悪質な権利侵害に関しては損害額の5倍の賠償を命ずるもの)
の3階建てとなっている。
日本は通常の損害賠償制度しかない。米国は通常の損害賠償制度のほか、懲罰賠償制度がある。
(2)法定賠償制度による判決が90%以上
知財の侵害事件では、侵害による損害額の算定は難しいので、裁判官が心証で決める法定賠償制度が導入されており、判決の90%以上がこれによると言われている。法定賠償額は商標では500万元以下の範囲で、特許では100万元以下の範囲で決めているが、特許に関しては上限額を500万元に引き上げる法律改正案が審議されている。
(3)5倍賠償制度の導入
鉄道の不正乗車が3倍料金を払わされるのと同じように、悪質な知財侵害に関しては米国では3倍の賠償を命ずる制度があり、中国でも商標に関しては既に世界で一番高い5倍賠償制度を導入している。特許についても5倍賠償制度を導入する法律改正案が審議されている。
賠償額の引き上げが国の方針であるため、司法は法律改正を待たずに、知財保護を促進する「司法実践」の考え方により、中国のIWNComm社がソニー中国社をスマートホンに関する侵害を訴えた事件では、北京知財法院はロイヤリテーの3倍の863万元の賠償を認めた。(2017年3月)
なお、日本では、特許侵害を訴える原告が挙証責任を有しており、法定賠償制度も懲罰賠償制度もない。特許侵害に関しては挙証することが実際上難しいため、知財を侵害されても適正な賠償額が認められないと言われている。
5 世界一進んでいるITの活用
(1)インターネット中継により知財裁判を世界に公開
中国では、経済社会全体でIT化が急速に進んでいるが、裁判所も物凄い勢いでIT化に取り組んでいる。
中国では、知財裁判は口頭審理が中心でありインターネットで中継されていて、誰もがインターネットで見ることが出来る。透明性の向上により裁判に対する国民の信頼を高める狙いであるが、同時に裁判官も国民の批判に耐える裁判をする必要があり、裁判の質が向上してゆくことも期待されている。
(2)インターネット裁判所の設置
2017年8月浙江省杭州市で世界でも珍しいインターネット裁判所が設立され、2018年9月には、北京と広州にも設立された。インターネット裁判所では、オンラインにおける取引詐欺や債務契約、インターネット著作権侵害をめぐるトラブルを審理する。司法手続きの全ては、当事者が裁判所に出廷せずにインターネットの動画中継を使用して行われる。なお、浙江省杭州市はネット通販最大手のアリババなどが本社を置いている。
中国のインターネット裁判所は世界のモデルになる可能性がある。
(3)裁判所のIT化
中国では、経済社会全体でIT化が急速に進んでいるが、全国の裁判所も物すごい勢いでIT化に取り組んでいる。
第1は、国民サービス向上のためITを使って裁判の情報開示を促進している。
裁判の進捗情報の当事者への開示(節目にはショートメール等で自動送信)、公判の録画・中継(2016年の開始から累計200万件以上中継)、判決文の公開、執行状況の公開、金銭の納付、閲覧等のサービスをオンラインで提供、中国語・英語のウェブサイトで最高人民法院の施策や司法解釈等を内外に発信などを行っている。
第2は、裁判効率化のため、文書の自動作成、判例検索システム等を導入している。全国2万8000ヶ所で、全音声をリアルタイムでテキスト化し発言者を特定して表示。証拠の名称を言うだけで証拠を表示する。これにより裁判官と書記官の負担が減り、審理時間20~30%短縮する効果を上げている。
第3は、司法データ管理のため、デジタル図書館を整備している。毎日自動で司法統計を作成している。
(4)日本の裁判所はIT活用面では中国に遅れている
日本には、インターネット中継、インターネット裁判所のいずれもない。日本の知財情報の国際発信は限定的だ。IT化に関しては、中国は日本よりはるかに進んでおり、米国よりも進んでいる模様だ。