「消費増税に賛成vs.反対」から「消費増税vs.所得税・法人税増税」へ
2019年08月08日
消費税率10%への引き上げまで2カ月を切った。
長期政権になった結果のことではあるが、消費増税にもっとも不熱心な安倍政権下で2回も消費増税が実現したというのは、実に皮肉だ。歴史は安倍政権を「消費増税を2回延期した政権」としてでなく、「消費増税を2回も果断に実行した政権」として刻むのだろうか。
とはいえ、消費税の今後はまだ見通しにくいところも大きい。
世界経済には米中貿易戦争を軸に不穏な情勢が漂っており、最近は世界同時株安が起きるなど先行きに不安が広がっている。10月までに世界経済が崩れれば、この政権はためらうことなく消費増税を凍結するだろう。いちど引き上げた後に税率を戻すことだってありうると思う。
そのくらい、「長期的な財政の安定」より、「目の前の経済」を優先する政権なのである。
それにしても、なぜ消費税はこれほど嫌われてしまったのか。
ここまで国民のイメージが悪くなってしまったからには、消費増税の「一本足打法」で財政再建を進めていく財務省の戦略は、長期的にかなり厳しいと考えるほうがいいのではないだろうか。
そこに登場したのが、先の参院選で「消費税廃止」を唱え、「れいわ旋風」を起こしたれいわ新選組の山本太郎代表である。
この山本氏の大胆な提案が、今後の財政健全化を考えていくのに、一つのきっかけを与えてくれたのではないか。
山本氏は7月4日の参院選公示日に、東京・新宿西口の地下広場で第一声をあげた。
雨天のもとで地下の広場を選んだのは正解だったかもしれない。小さな党の最初のステップとしては、ちょうどいい規模の演説会だった。
ただ、山本氏が演説を始めると、聴衆がみるみる増えて、通りかかる人も足を止めた。彼の演説にはそれだけの力があった。
「政権を取ったら必ずやりたいこと。それは消費税廃止だ」
最初は、ああ、また一つポピュリズム政党が産声をあげたのだな、と思った。ほかの野党が「消費税反対」と言うなら、こちらは「廃止だ」とさらに過激なポピュリズムで選挙民を引きつけようという戦術かと思ったのだ。
しかし、山本氏は意外な説明を始めた。
「山本さん、それを止めるというのなら財源はちゃんと担保できるんでしょうね、という質問が出てくると思います。消費税を止めるのにいくらかかるか。20兆円の財源を別に用意しなきゃならない。では別に用意します。消費税導入前に戻るだけです」
「消費税を導入されて、増税されるたびに所得税の最高税率は下がっていきました。これをやめて引き上げます。金融所得の分離課税をやめ、すべて所得税で取ります。法人税は大企業に対して、税の大割引システム、租税特別措置がある。この特別扱いをやめる。そして法人税も所得税と同じように累進税を導入する。もうかっているときには税負担が上がり、もうかっていないときには税負担が下がる」
「この所得税、法人税の税制改革をおこなった場合、財源は29兆円担保できるという試算がある。消費税廃止で20兆円が足りなくなっても、おつりがくる」
この山本プランはいわば「暴論」である。財務省の官僚たちが聞いたら「非現実的だ」と言うだろう。
しかし、である。私は山本案は一考に値すると思う。
これまで与野党の論戦といえば、「消費増税に反対か? 賛成か?」という対立軸に終始した。山本案は、これを「消費税増税vs.所得税・法人税増税」という対立軸に変えてくれる。
「消費増税反対」は楽である。負担増は誰も歓迎しないから、そう言っておいたほうが政治家としては有権者に嫌われにくい。
しかし、消費増税を止めるかわりに他の増税で代替財源を探すとなると、こんどはその増税で割を食う人々の抵抗・反発を引き受けなければならない。そういう議論にすることで、全与野党を現実的な財政論議に引きずり込むことができるのではないだろうか。
この点で、私は山本氏を見直した。けっして緻密なプランとは言えないが、少なくとも代替財源を政策論の俎上に乗せたことを評価するからだ。「消費増税反対」と言って、その代替財源に言及しない他の野党より、よほど建設的だ。
ちなみに共産党も「将来的に消費税廃止をめざす」として、「大企業・富裕層優遇を改める税制改革と歳出のムダの一掃で当面17.5兆円、将来、国民のみなさんに能力に応じて負担していただくことで6兆円、経済改革による税収の自然増で10年後までに20兆円以上の財源を確保することができる」と訴えており、山本案との共通点が多い。
盛り上がりに欠けた参院選にあって、山本氏がおこした「れいわ旋風」はまだ小さく弱いものの、意味ある風だった。
この点では、米国のバーニー・サンダース上院議員が4年前、大統領選の民主党候補の座をヒラリー・クリントン氏と最後まで争い、ブームをおこしたときと似ている。サンダース氏は民主党のなかで左派が台頭するきっかけをつくり、そしていままた来年の大統領選をめざして闘っている。
ちなみに「政府がいくら借金をしてもへっちゃら」というトンデモ理論の「MMT(現代金融理論)」を掲げる米民主党の有力若手政治家オカシオコルテス氏は、サンダース氏の弟子筋だが、いまのところサンダース氏自身は、MMTとは一線を引いていて、政府債務膨張へっちゃら論にはくみしていないようだ。
山本氏は「和製サンダース」と位置づけられる立ち位置にあると言えるだろう。山本氏が掲げた最低賃金の大幅引き上げ、奨学金の徳政令などの主張も、サンダース氏の主張と共通点が多い。
とはいえ、それでも私はやはり、いまの日本の財政危機を乗りこえるには、景気の波に左右されにくく、最も安定した税源である消費税の増税が現実的な対処法だと考えている。1%幅の税率引き上げで約2.8兆円の財源が生み出せる消費税のような巨大な税源は、ほかにないからだ。
政府が基幹税と位置づけるのは、消費税、所得税、法人税の三つ。このうち消費税以外は、30年前に比べて激減している。
政府の一般会計税収は、2018年度に60.4兆円となり、過去最高となったが、それまでの最高税収はバブル末期の1990年度の60.1兆円だった。このときに最も大きかったのが所得税の26.0兆円。次いで法人税の18.4兆円だった。前年度に導入されたばかりの消費税はまだ4.6兆円しかなかった。
しかし、その後は山本氏が演説で訴えたように、所得税も法人税も減税続きで、税収はぐっと減った。企業も大金持ちも、税金が高いと海外に逃げ出すことができるため、国際的に両税の減税競争が起き、日本もそこから免れることができなかったのだ。
山本プランを無視できないのは、税負担能力がある者が能力に見合った負担をしていないのではないかという不満が人々に高まっているからだろう。
大企業は空前の好業績をあげながら賃上げを渋ってきた。法人税を下げなければ企業が海外に逃げ出す、と心配されていたが、法人税をいくら下げても、各国が引き下げ競争をしているから、工場の海外移転は止まらなかった。
安倍政権と日本銀行がやっているアベノミクスは株価をつり上げるなど資産価格の上昇を狙った経済政策で、その結果は賃上げがたいして進まない割には資産家ばかりが潤っている。現状をみれば、誰からもっと税を取るべきかが浮かび上がってくる。
ただ、問題がより複雑なのは、消費者にとって消費増税は望ましくなくて、法人増税の方がありがたいとは必ずしも言えないことだ。
消費税構想のもとをたどれば、1987年、中曽根政権が打ち出した「売上税」構想である。
この売上税は自民党の有力支持層である全国の事業者たちの大反対にあって、あえなく頓挫した。新税創設の悲願を中曽根政権から引き継いだ竹下政権は、自民党税調や大蔵省(現財務省)主税局と大型間接税の導入には何が必要か、知恵をしぼった。
その結果、税の名を変えることにする。売上税では「事業者から取る税」のイメージが強すぎるので、そうではなくて「消費者に広く薄く負担してもらう税」だと強調する必要があると考えた。事業者たちの理解を得ようとしたのだ。
候補名には「財貨サービス税」や「国民消費税」などの案があったが、最終的に「消費税」となる。消費に薄く、広く、という新税の性格がもっともよく表れている、という理由だった。
それでも事業者たちから懸念の声が上がった。このため政府は「消費者に確実に税を転嫁させる努力をする」と説得、なんとか導入にこぎつけた。外税方式の価格表示が主流だったのも、公正取引委員会が「消費税分還元キャンペーン」などの広告に目を光らせてきたのも、その延長線上にある。
だがそれが今や、あだとなっている。事業者を説得する方便としてのネーミングが、むしろ消費者には「我々が取られる税」という印象を強めすぎてしまったきらいがある。いまや消費増税は国民にもっとも不人気な政策であり、政治家が選挙で訴えることをタブー視する政策と化してしまった。
しかし、そこには大きな誤解もある。消費税を税務署に納めるのは消費者ではない。あくまで事業者だ。つまり、消費税とは法人税の一種だと言うことができる。もうかっても赤字でも、売上高を基準に税額が決まる外形標準課税という特徴をもつ法人税だ。
となると、消費者が負担する消費税か、企業が負担する法人税か、という問題設定は少しおかしな議論だということになる。事業者は税負担が増せば、その分だけ税込み価格を引き上げようとするのが当然だ。
たとえそれが、消費税だろうと、法人税だろうと同じである。
ところが消費者側から見ると、ずいぶん違って見える。
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