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JAがコメの先物取引に反対するわけ

試験上場、4度目の延長。減反廃止なくして先物取引なし

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

投機的だから先物取引を廃止すべき?

 今や先物取引は、農産物だけでなく金、原油、通貨、指数まで広範な商品について認められている。我々が国際的な穀物相場としているのは、シカゴ商品取引所(Chicago Board of Trade)の先物価格である。価格が変動する農産物などの一次産品では、先物取引が当たり前なのである。

 今では、コメの国民生活に占める位置は低下している。原油や通貨の方がはるかに重要である。投機的だから認められないというJA農協の主張が正しいのであれば、原油や通貨の先物取引は即刻廃止すべきだろう。

 シカゴの先物価格は、市場全体の需給を反映して動いている。これがなくなれば、世界の穀物生産者は、何を目安に生産を増やしたり減らしたりすればよいのだろうか? 

 先物価格が上昇すれば、生産者は穀物の生産を増やそうとするので、将来実現する現物価格は低下する。これは市場を安定させるという効果を持つ。アメリカで、投機的なのでシカゴ商品取引所を廃止すべきだという主張をしようものなら、その人は知性を疑われるだろう。亡くなった竹村健一さん風にいうと、「JA農協の常識は世界の非常識」ということになろう。

 しかも、JA農協の主張は日本の常識ですらない。

 世界で初めての先物市場は、江戸時代の1730年に開設された大阪堂島のコメ市場である。先物取引を発明したのは日本人である。当時、コメは農業の中心というより、経済の中心だった。コメは貨幣に代わる役割を果たしていた。大名の収入も年貢米だったし、侍の給料もコメで支払われていた。「コメを投機の対象とするな」と言うが、現在と比較にならないほど、コメが日本人の主食としての重要性を持っていた時代ですら、200年の長きにわたりコメの先物市場は日本経済の中心として活動していた。

 堂島市場が閉鎖されたのは、1939年、戦時経済の中で食料不足が起こり、政府が直接コメ市場を統制するようになったからである。

 今我々は統制経済下にいるのだろうか? JA農協の主張には何らの根拠もない。しかし、JA農協の反対により、日本人が発明した世界遺産として登録されてもおかしくないコメの堂島先物市場は試験上場にとどまり、本上場にはならない。

拡大あきたこまちを収穫する農家=2014年9月29日、秋田県大潟村

JAが先物取引に反対するのはなぜか?

 JAの本当の狙いは、米価の高値安定・維持である。

 減反政策は豊作貧乏とは逆の事態を実現しようとするものに他ならない。供給増加で米価が大きく下がるなら、反対に供給を減らせば米価を大きく上げることができる。生産の減少以上に米価が上がるので、売上高はかえって増加し、JAの販売手数料収入も増加する。

 JAが先物取引に反対する理由も、減反や相対取引を推進してきたのと同じく、米価を高く操作できなくなるからである。JA農協の意向を受けた自民党は、長年先物取引を農林水産省に認めさせようとはしなかった。

 2011年やっと試験上場が認められたのは、民主党に政権が移ったからである。

 JA農協の機関紙である日本農業新聞は、農家読者に対し、コメの生産量が増えて米価が下がることに強い懸念を発信し続けている。JAの意向を受けて、農林水産省も需要にあった生産を行うよう、つまり需要が減少傾向なので生産を減らすよう、都道府県以下の自治体など(これらを通じて生産者)を強く指導している。

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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