武田淳(たけだ・あつし) 伊藤忠総研チーフエコノミスト
1966年生まれ。大阪大学工学部応用物理学科卒業。第一勧業銀行に入行。第一勧銀総合研究所、日本経済研究センター、みずほ総合研究所の研究員、みずほ銀行総合コンサルティング部参事役などを歴任。2009年に伊藤忠商事に移り、伊藤忠経済研究所、伊藤忠総研でチーフエコノミストをつとめる。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
アメリカの「勝利条件」、中国の「3条件」から見えてくるものは……
5月の連休終盤、トランプ米大統領の一言でアメリカと中国の通商交渉が暗礁に乗り上げ、楽観ムードが出始めた世界経済に暗雲が立ち込めたことは記憶に新しい。そのトランプ大統領が夏休み前に、また吠(ほ)えた。
5月から中断していた米中通商協議は、6月28~29日のG20大阪サミットに際して行われたトランプ大統領と習近平国家主席による首脳会談の結果、7月30日に上海で再開した。ところが、トランプ大統領は、この協議の内容を不満として、直後の8月1日、追加関税第4弾、すなわち中国からの残る輸入3000億円相当に対する関税を9月1日から引き上げるとした。報道によると、協議では中国による農産品輸入の拡大やその条件が議論されたが、アメリカは中国から十分な譲歩を引き出せなかった模様である。
さらに8月5日、アメリカは中国を「為替操作国」に認定した。8月に入って急速に人民元安が進んだことへの対応とされるが、人民元安の原因は、追加関税第4弾によって中国経済の先行きに懸念が強まったためと考えるのが自然であろう。むしろ、人民元安は中国からの資金逃避を加速させ、人民元の下落に歯止めが掛からなくなる恐れがあるため、中国にとっては歓迎できないはずである。
確かに、5月以降の米中協議中断の際に、人民元相場が比較的底堅く推移していたのは、中国当局が人民元安を嫌うアメリカに配慮して相場の下落を食い止めていた可能性が十分にある。その意味では、中国当局が今回はアメリカへの配慮をやめて、人民元安を市場の売り圧力に任せて「容認」したと言えるだろうが、少なくとも自ら人民元相場を安値方向へ「操作」したわけではない。
いずれにしても、「為替操作国」認定は、人民元の下落リスクに悩む中国当局にとって「救いの手」とはなっても、痛手にはならないだろう。その評価は、トランプ大統領がまた一つ公約を実現したという程度に過ぎない。
その後もトランプ大統領は、9月上旬に予定されている次回の米中閣僚級協議を中止する可能性を示唆(8月9日)、協議再開と同時に決めたファーウェイ社に対する制裁緩和を先送りする姿勢を見せる(10日)など、中国に対する牽制(けんせい)を続けた。その結果、周知の通り、株式市場では売り圧力が強まり、日本経済にとっても円高の進行というかたちで悪影響が懸念され始めている。