丸の内にコミュニティーが必要な理由
日本一のビジネス街は、なぜ「働くだけの街」から変わらなくてはいけなかったのか?
井上友美 三菱地所商業施設運営事業部マネージャー
シェフを動かす
このような経験もあり、私は丸の内の強みの一つは「食」ではないかと着目しました。2008年に丸の内エリアから発信する大人の食育活動として「食育丸の内」プロジェクトをスタートさせました。日々お客様と接するレストランの協力が不可欠と考え、丸の内に店舗を構えるシェフらを中心に「丸の内シェフズクラブ」を翌年に組織し、旗振り役になってもらいました。これもコミュニティーの一つです。
街のステイクホルダー。
それはディベロッパーだけではなく、食の提供者(レストランやシェフたち)や消費者(就業者や来街者)も含まれます。このプロジェクトは、それらと生産者をつなぎ、生きた食育活動を行うのが目的です。様々なステイクホルダーが街について考えるようにコミュニティーが成長し、今では丸の内の街づくりとはどうあるべきかを問いかけてくれる存在になりました。

MICE誘致における公的空間活用例としても開催されたイベント。丸の内仲通りの路上に設置された長さ25メートルのロングテーブルで料理を堪能した=三菱地所提供
プロジェクトで大切にしたのは、お勉強ではなく、おいしく食べるという経験です。年齢や職業に関係なく、テーブルを囲み食することが、再開発のテーマに掲げられた「インタラクティブな街づくり」に通じると確信したからです。
「共食」という視点が、人々の交わりを促すキーファクターになり得ます。この街で働く人たちの心身の栄養にもなり、明日の活力にもつなげることができる。このコミュニティーは、企業の垣根を越えて人々の共感を呼び、今日も発展的にプロジェクトが続けられています。
人とのつながりを求める時代のアプローチ
丸の内には、畑も海もありません。丸の内は、消費の場です。ただし、シェフたちが積極的に産地に足を運び、生産者と交わっています。そうした人々の出会いが、丸の内のコミュニティーと地方の地域コミュニティーをつなぎ、今では地方の生産者からも丸の内に消費者ニーズやトレンド、技術を学びたいという人々が訪れるようになったのです。地域活性化のヒントの一つかもしれません。
最初の取り組みは山梨県でした。地元の人たちが地域の魅力を再認識すべきだとシェフたちの心に火がつき、「山梨シェフズクラブ」が設立されました。一人の力ではできないことでも、ネットワークを組むことでできることが広がります。丸の内側がノウハウを提供し、山梨のシェフたちが旗振り役となって生産者やメーカー、自治体とともに山梨の美味しいものを生み出し、観光促進にもつなげようとしています。
丸の内側も触発され、「旬」の出会いをシェフたちが一皿にプロデュースする「旬のシェフズランチ」、生産者を招きプレゼンテーションを楽しむ、レストランを学び場にした「イートアカデミー」、生産者との会話を生み出す仕掛けにはかりを活用したマルシェ「グラムマルシェ」など、人のつながりが人を呼び、さまざまなプログラムが生み出されています。

2008年当時、オフィス街でのマルシェの開催は珍しかったが、今では風物詩となった。毎週、大丸有エリアのどこかで開催されている=三菱地所提供