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転職・起業の先にある障がい者の働き方改革

背中を押した「転職は絶頂期にするもの」「人のせいにするなら自分でやったら」

岩崎賢一 朝日新聞バーティカルメディア・エディター

就職して半年もたたずにリーマンショック

 家住さん夫婦の新卒での就職、結婚、出産を振り返ると、2008年9月に大手投資会社リーマン・ブラザーズが経営破たんし、世界的な経済危機が起きている時期と重なる。

 「上場企業だった東京のアパレルメーカーに就職したが、子どもが生まれる前の2009年3月で会社は辞めました。営業を担当していましたが、『営業をするな』と言われました。売れば売るほど赤字が増えるからです。売らないで顧客とは関係を維持しろと言われました。リストラはせず、給料も上がらない。最低限の売り上げは維持して赤字にならないようにするから、バリバリ働かないでくれということです。すごく違和感がありましたね」

 入社して半年でリーマンショックが起こり、転職を考えた。周囲は「子どもが生まれるのに、仕事を辞めるなんて」と大ブーイング。

 甘くはなかった。

ライフシフト拡大洋菓子メーカー時代=家住さん
 就職氷河期なので、6月まで決まらなかった。ある日、東京都内で開かれた20社ほど集まった合同面接会。全社を回り、最後までいたところ、群馬県に本社がある洋菓子メーカー「ガトーフェスタ ハラダ」の役員の目にとまった。

 「あいつは根性あるな」

 関西に初進出をするための人材を探していたところだった。

 5月に子どもが生まれ、6月に就職、8月に大阪に転勤した。本社が群馬県にあるので、ゆくゆくは地元に帰ろうかなと考えていた。

 そんな家住さんが、なぜ、ライフシフトを考え、障がい者雇用を軸に転職や起業を繰り返していくことになったのだろうか。

障がいを持つ娘が将来働けるのか不安だった

――大阪出身でない家住さんご夫婦がなぜ、大阪で起業したのでしょうか。その転機を教えてください。

 洋菓子メーカーで仕事をしながら、子どもの障がいに向き合い、訓練や施設などについて調べていました。子どもが将来何に困るのかと考えたとき、働けるのかということが不安になりました。

 それなら、私が障がい者を雇用する側に回って、つまり転職して障がい者雇用をする側から自ら学んでいった方がいいと思いました。それで株式会社あきんどスシローという回転ずしチェーンを運営する会社に転職し、人事部の障がい者雇用担当になりました。

 将来的には、施設を経営していくというビジョンを持っての転職です。すでに経営者の勉強会にも参加していました。

ライフシフト拡大幼いときの長女=家住さん提供
――お子さんはどのような障がいを持ち、どの時点で気づいたのですか。

 娘は聴覚障がいです。生まれて1カ月後にわかりました。妻は1週間ほどして「この子耳が聞こえていない」と言ったんですね。私は「そんなことない」と1カ月言い続けましたが、「やっぱり聞こえていない」というので検査したら聴覚障がいでした。

――リーマンショックに、障がい児の療育、そして国際結婚したロシア人の妻と慣れない地での生活……。不安はありませんでしたか。

 妻には「日本ならどこでも一緒」と言われました。異国なので。

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筆者

岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき けんいち) 朝日新聞バーティカルメディア・エディター

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで医療や暮らしを中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当、オピニオン編集部「論座」編集を担当を経て、2020年4月からメディアデザインセンターのバーティカルメディア・エディター。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)。 withnewsにも執筆中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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