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消費税の「毒」が回る日本でいいのか

逆進性が消費と経済を委縮させ、格差を広げる

小此木潔 ジャーナリスト、元上智大学教授

政府税制調査会長を1990年から2000年まで務めた加藤寛氏=1993年5月14日

 「消費税には毒がある」と言い続けた政府税制調査会長がいた。故加藤寛・慶応大学教授である。税率3%の消費税を日本で初めて導入した時の立役者(間接税特別部会長)で、会長就任後は税率5%への旗振り役だった人物だ。消費税は必要だとの信念を持ちながらも、その弊害を懸念していた。いまや消費税率10%の日本で、「毒」は日本経済全体に回ろうとしている。多くの人々がその弊害を実感する段階を迎えたのである。

 加藤氏の言った「毒」とは、消費税の「逆進性」のことである。所得に対する税負担の割合が高額所得者よりも低所得者の方が高いという問題である。所得の高い人ほど高い税率で負担する「累進構造」を持つ所得税と比べてみれば、わかりやすい。しかも1989年4月の消費税導入以来、「直間比率是正」の掛け声のもと、直接税である所得税や法人税を減税し、間接税である消費税の税率を5%から8%、さらに10%と引き上げることで、逆進性の毒は一段ときつくなってきた。それなのに我々はそのことをほとんど議論しないで済ませてきた。

 ノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツ教授(米コロンビア大学)が数年前に来日した際のインタビューで、消費税について「バッド・タックス(悪い税)」と呼び、「増税するなら炭素税にすべきだ」と語ったのも、逆進性を問題視したことによる。教授の著作『公共経済学』では、逆進性について「貧しい人たちが裕福な人たちよりも高い所得割合を税金として支払う」「便益が金持ちに余分に帰する」と説明し、累進構造の所得税を主な税源としている米国のやり方が先進国にふさわしいとしている。

 消費にかかる税の逆進性をすでに19世紀に指摘したのは、シュレジエン(現ポーランド)生まれの社会主義者ラサールであった。古典的著作『間接税と労働者階級』で彼は、人より100倍も富んでいるからといってパンや肉、燃料などを100倍も消費しているわけではないという例を挙げて逆進的な税制が富裕層に有利であると指摘。「すべての間接税の総額は、個人にその資本と所得とにおうじて課せられることなく、その圧倒的に大きな部分についてみれば、国民中の無資産者や比較的貧困な階級によって支払われていることになるのです」と述べている。

増税で強まる税制の逆進性

 消費税率を引き上げれば富者優遇の度が増す。まして法人税や累進的な所得税を減税しながらそうしてきた日本は、税制を逆進的つまり金持ち優遇へとさらに「改革」しようとしているのである。

 世界的な不平等に関するベストセラー『21世紀の資本』を書き、税の累進構造の復活・強化を説いているトマ・ピケティ教授(パリ経済大学)が、来日した際に日本記者クラブでの会見で「消費増税に賛成しかねる」と述べたのも、当然の成り行きだったが、日本の政治家も官僚もマスメディアもほとんど耳を貸そうとはしなかったことが悔やまれる。

 逆進性という消費税の「毒」の具体的な表れは、増税分が価格に上乗せされるので、所得の低い人ほど消費を切り詰めざるをえなくなるということである。日本経済の成長力が十分にあった時代には、そうした困難も賃上げによってある程度克服されてきた。ところが、デフレ不況に加えて雇用の規制緩和や高齢化で所得の不平等化が進み、消費税の「毒」に対する抵抗力が失われてしまった。さらに安倍政権の経済政策によって、円安誘導で輸出企業の採算は好転したが、輸入物価の上昇が消費を圧迫した。2%という物価目標を実現できていないにもかかわらず、実質賃金は目減りを続けてきた。前回の消費税率引き上げで消費が落ち込み、なかなか回復しないのもこのためである。

 軽減税率を導入すれば、しない場合に比べるとましなようにも見える。しかし、税収に占める消費税の割合はますます高くなることは確かである。このため、全体として見れば、逆進性をもつ消費税の比重が増すことによって、日本の税制は逆進性がさらに強くなってしまうのである。

 振り返れば、1990年度一般会計の税収総額60.1兆円のうち、消費税収は4.6兆円にとどまり、所得税収は26.0兆円、法人税収は18.4兆円であった。つまり、税収に占める消費税収の比率は7.7%にすぎなかった。第二次安倍政権が発足した2012年度には、消費税収は10.4兆円で税収の23%を超え、2018年度には税収総額60.4兆円の内訳は所得税収19.9兆円、消費税収17.7兆円、法人税収12.3兆円で、消費税は税収全体の29.3%を占めるに至った。税率10%となれば、消費税収は20兆円を一気に超えて税収の30%以上を占め、文字通り税収の大黒柱になるはずである。

 だがそれは、決して喜ぶべき話ではない。直間比率の是正も行き過ぎて、もはや逆進性の毒が回る段階を迎えたことに危機感を抱くべきである。なぜなら、毒がもたらす影響、つまり消費の低迷や格差拡大、景気に対する下押し圧力によって日本経済は大きなダメージを受ける危険があるからだ。

2014年春、消費税が8%に引き上げられた前後には駆け込み需要とその反動が起きた=2014年3月31日、千葉市

日本経済に冷水

 消費税率10%への増税で、年5.7兆円の税収増が見込まれるが、この増税によって消費の減退、景気の悪化が懸念される。これへの対策として、政府は増税に伴う税収増をもとに、幼児教育の無償化や低所得の高齢者支援などに予算を支出することにした。さらに、ポイント還元や低所得者向け「プレミアム付き商品券」などの消費増税対策を打つ。従来の増税プランでは、増収分の8割で国債発行の圧縮を図る予定だったが、安倍首相と官邸の主導で使途を変更したという。

 そこには、教育無償化への努力を政権の実績としたいという思惑がうかがえる。また、消費税率を8%に引き上げた2014年4月の増税のあと、消費が低迷してしまったので、その轍は踏みたくないという政権の意向もありありだ。

 増税が消費や景気に及ぼす「毒」を緩和するには、こうした方策もある程度の有効性はある。しかし、安心するのは早い。その効果は時とともに薄れていくだろう。増税は本来、家計から実質的な可処分所得を奪うものだから、増収分のほとんどを消費増と格差縮小につながる歳出に充てない限り、消費の冷え込みも

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