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トランプがコメの市場開放を要求しない理由

すべては大統領選挙のため。コメの譲歩はトランプにとって痛くも痒くもない

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

米国、コメのアクセス拡大を要求せず

 TPP交渉でアメリカは7万トンの無税輸出枠を日本から獲得した。しかし、今回の日米貿易交渉で、アメリカは日本にコメのアクセス拡大を要求しないことが明らかになった。TPP交渉の成果を放棄しようというのである。

 コメは通商問題の中心だったはずだが、なぜ?

 このような事態について、不思議に思う人が少なくないのではないだろうか?

拡大米カリフォルニアの大規模な水田地帯=2003年9月25日、カリフォルニア州サクラメント近郊
 これまで日米通商交渉の中で、アメリカは日本の農産物市場の閉鎖性を攻撃し、日本は輸入数量制限や高関税という農産物貿易政策をいかに守るかという防戦一方の交渉を続けてきた。1980年代から最近のTPP交渉まで、この構図は変わらなかった。コメはその中心的な存在として、日本の農業保護の象徴的な役割を果たしてきた。

 1986年アメリカのコメの集荷業者の団体である精米業者協会(RMA)が、日本のコメの輸入禁止措置を米国通商法301条の対象とするようUSTRに提訴した際、日本政府は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。日本の通商交渉において、コメは聖域だったからである。

 アメリカは牛肉やオレンジの自由化要求はしても、ほとんどの農家が生産しているコメを交渉の俎上に上げるとは思ってもいなかった。日本の保守党政権を支えてきたのは農業票であり、コメの政治的な重要性はアメリカも十分に承知していると日本政府は思っていたのである。

 日本政府はガット・ウルグアイ・ラウンド交渉の中でコメ問題を協議することを約束する代わりに、USTRに提訴を受理することは勘弁してもらった。通商法301条が発動されると、自動車に対して報復措置を講ずる可能性もあったからである。

 同交渉では、コメを関税化(輸入数量制限の廃止)の例外にすべく、日本政府はアメリカと交渉した。私も交渉団の一人だった。その結果、日本はミニマムアクセスという無税の輸入枠を加重することを代償に、関税化猶予を勝ち取った。しかし、ミニマムアクセスの増加に耐え切れなくなり、1999年コメについても関税化に移行した。

 TPP交渉でも、日本政府は、コメの関税削減を防止することを最重要課題として交渉に臨んだ。この結果、関税を維持する代わりに、アメリカに冒頭の7万トンの輸入枠を設定することにしたのである。

 以上がこれまでのコメを巡る日米通商交渉の経緯である。どの交渉でも、コメ問題は簡単にはいかなかった。

 それなのに、今回の決着は、あっけなさすぎるのではないだろうか?

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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