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フィルターがニュースとの接し方を変える?

「見たくない記事」を回避する 英国BBCの実験

小林啓倫 経営コンサルタント

 どんなに大量の情報を集め、吸収することができる人でも、神のように世界全体の動きを把握することはできない。そこで私たちは、世界を知る「窓」としてマスメディアを使っている。そこから見える世界は、マスメディアの目を通じて表されるものではあるが、神に近い高所からの視点を私たちに与えてくれる。

 しかしそれは、マスメディアの表現次第で、私たちの世界に対する姿勢が変化することを意味する。以前アマゾンの「ローカル犯罪情報サービス」という取り組みについて解説した記事でも触れたように、たとえばネガティブな情報ばかりに接していると、周囲の社会や将来に不安を抱くようになる可能性がある。新聞労連が「嫌韓をあおる報道はやめよう」という声明を発表したのも、マスメディアの持つそうした「人々の意識に影響を与える力」を意識した上での行動だろう。

 しかしニュースは、嫌韓のように「ある対象が嫌い」という態度を意図的に示すものばかりではない。またたとえ不幸な出来事を報じるニュースであったとしても、それが中立的に書かれているのであれば、自然災害に関する報道のように積極的に触れ、将来に役立てていかければならないものもある。日常的にマスメディアのニュースに接しながら、不健全なほどの不安や怒り、悲しみを抱かないようにするにはどうすれば良いのだろうか。

BBCが実施した「フィルター実験」

 それを考える上で、最近英国のBBCが実施した、興味深い実験をご紹介しよう。それはウェブサイト上でニュースのコンテンツに「フィルター」をかけることで、読者の感情を望ましいものに保ち、それによってニュースの消費を維持することができないかという実験である。

 これはBBCのソフトウェアエンジニアである、Alicia GrandjeanとTim Cowlishawによる実験的なプロジェクト「News Mood Filter Web Extension」の一環として行われたもの。内容はシンプルで、BBCのニュースを配信するウェブサイト上で、特定のキーワードを含む記事を表示しない機能をつくり、それを実際に読者に使用してもらって反応を見ることが行われた。

 対象となるキーワードは、読者が自ら設定できる。たとえば「殺人」や「自殺」、あるいは「自傷」といった具合だ。BBCが公開したサンプル画面では、トップ画面でこのフィルターが機能し、一部の記事(へのリンクとなる見出しとサマリ文章)がぼやけて表示されていることがわかる。面白いことに、その記事に付随する画像もぼやけて表示され、たとえば惨たらしい事件・事故の現場写真がいきなり目に飛び込んでくるといったことを防げるようになっている。

拡大実験で使用されたフィルターの設定画面(BBCウェブサイトより引用)

 そしてフィルターによってぼやかされた記事の上には、「この記事にはあなたが設定したキーワードが含まれています」という警告と共に、それを無視して一時的に内容を見るためのボタンが表示されている。こうすることで、読者は見たくない情報を避けたり、少なくともワンクッションを置いて心の準備を整えてから、当該記事の内容を確認することが可能になるというわけだ。

 しかし警告を越えて先に進めるとはいえ、見たくない記事を回避できるようにしてしまうというのは、BBCにとっては嬉しくない話ではないのだろうか?当然ながらBBCのウェブサイトにも、広告が表示されている。単刀直入に言えば、回避されてしまう記事が増えれば増えるほど、BBCは広告収入を得る機会を失ってしまう。それでもこのプロジェクトを進める理由は何だろうか。

 BBCは実験について紹介した記事において、実験にあたって次のような仮説を立てていたと述べている。

 若者がニュースを避けているのは、それを読むと気が滅入り無力感を覚えるようになるからであり、したがって何が自分の目に入ってくるかをコントロールできるようになれば、彼らがニュースを読む可能性が高まる。

 そして今回の実験を通じて、「ニュースに対する若者のニーズ、行動、態度について情報(彼らは積極的にニュースを避けているのか?ニュースの見出しは精神衛生にえいきょうを与えるのか?等)を得る」という目的があったと解説している。

 これを確認するために、BBCは18~24歳の被験者7名を対象に、ロンドンでゲリラテストを行った。その結果はどうだったか。対象者が少ないためあまり参考にはならないかもしれないが、このプロトタイプを実際に使いたいと答えたのは全被験者中1名、使わないと答えたのは3名、また「ニュースから影響を受けやすい人には良いかもしれない」と答えたのが1名となっている。

 このようにあまり支持を得られなかった理由については明らかにされていないが、「ぼかしを入れるより一切見えなくなってしまった方が良い」や「(別のコーナーにしてしまうなどのように)記事の表示位置を変えてほしい」、また「フィルターをかける時間を一定期間(1日や1週間など)に制限できるようにしてほしい」など、機能面に対する改善要求があったことが紹介されている。また「そもそもニュースは各メディアの公式サイトではなく、ソーシャルメディアを通じて目に触れ、消費することが多い」という意見もあった。どんなにマスメディア一社の公式サイト上で機能が改善されても、ツイッターやフェイスブック上でニュースを見ることが多いのであれば、確かにこのような機能があっても意味はないだろう。

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筆者

小林啓倫

小林啓倫(こばやし・あきひと) 経営コンサルタント

1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『今こそ読みたいマクルーハン』(マイナビ出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(トーマス・H・ダベンポート著、日経BP)など多数。また国内外にて、最先端技術の動向およびビジネス活用に関するセミナーを手がけている。

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