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「物言えぬ財界」脱皮なるか~櫻田同友会の挑戦

「櫻田WHO?」とは言わせない! 経済同友会の新代表幹事が描く道

原真人 朝日新聞 編集委員

 今春、経済同友会の新代表幹事に就いた櫻田謙悟氏(SOMPOホールディングス社長)が9月24日、日本記者クラブでの初の記者会見を開いた。

 昨秋、新代表幹事に決定したときには、財界やメディアで「櫻田WHO?」と言われたほど知名度は低かった。そんなこともあって、この日の会見も会場には「新代表幹事にどれほどのことができるものか」という冷ややかな空気が流れていたように思う。

 かつて大物財界人らを取材した経験がある日本記者クラブの古手の経済ジャーナリストたちにとって、明らかに昨今の財界は情けない状態に陥っているからだ。

「財界総理」も今は昔

 「財界」が日本の経済政策の針路を決めるのに大きな役割を果たしてきた時代が、かつては確かにあった。時の政権や官僚機構とはまた別の視点から日本のあるべき道を示し、「経済大国ニッポン」の実現に一役買ってきたのである。

 「財界総理」という言葉を世に知らしめたのは、東芝社長を経て第2代経団連会長となった石坂泰三だった。池田内閣を支えた小林中(主な経歴・以下同=アラビア石油社長)、水野成夫(経済同友会幹事、フジテレビ社長)、永野重雄(日本商工会議所会頭、富士製鉄社長)、櫻田武(日経連会長、日清紡績社長)の4人が「財界四天王」と呼ばれたこともあった。

 それだけ影響力の大きな財界人が存在したのだ。

経団連の石坂泰三会長=1959年6月

 その後も「土光臨調」で行政改革に腕を振るった第4代経団連会長の土光敏夫(石川島播磨社長、東芝社長)ら大物財界人が、歴史の表舞台にしばしば重要な役回りで登場した。

 そんな時代も今は昔。安倍政権下で、かつての栄光の時代は見る影もなくなった。

 おそらく戦後財界で、いまほど政権に対して物言えぬ空気が蔓延したことはなかったのではないか。財界無用論がいまほど現実味を帯びている時代もない。

 理由は明白だ。安倍政権が財界をなめているのである。

 財界を意見を求める相手として見なしておらず、自らが望む政策実現のための道具としてしか見ていないのだ。

消費税再延期に追従した榊原経団連

 それを如実に示したのが、安倍政権が消費増税を再延期した際の榊原定征・前経団連会長(東レ社長)の反応だった。

 安倍晋三首相が消費税率10%への引き上げを再延期すると表明すると、榊原会長はすかさず、それまで「予定通りの増税実施」を求めていた経団連の看板を下ろした。一転して再延期支持に回ったのだ。

 このとき経団連の記者会見で、私は榊原会長にこんな質問をした。「先進国最悪の財政を立て直さなければいけないときに、消費増税の延期と大型の財政出動はたいへん問題だ。なぜ支持するのか?」と。さらに同席していた16人の副会長たちにも尋ねた。「会長の方針に異論があったらコメントいただきたい」

 すると、榊原会長は少々語気を荒らげて「(やみくもに)支持しているのではありません。(経団連がそう)主張しているのです」と答えた。そして居並ぶ副会長たちを見回し、「異論のある方はいらっしゃらないですね?」と強い調子でクギを刺したのだった。

経団連の定時総会で、議長席から安倍晋三首相(手前右)の発言を聞く榊原定征会長=2016年6月2日、東京都千代田区の経団連会館

 もちろん一方で、政権の財政健全化に対する無関心をいさめようとした財界人もいた。このときも日本商工会議所の三村明夫会頭(新日鉄会長)は「もし(再延期後の引き上げ時期である)2年半先に上げられないようなら、日本はおそらく財政的に破綻する」と政権の判断を婉曲的ながら批判した。

 安倍政権がアベノミクスの一環として「GDP600兆円」目標を示したときには、経済同友会の小林喜光代表幹事(三菱ケミカルホールディングス会長)が「ありえない数値」とまで指摘した。アベノミクスの虚構を突いて見せたのだ。

三村明夫氏
小林喜光氏

 これら財界人に対する安倍首相の反応はあからさまだった。榊原会長には財政諮問会議の委員など政府の政策立案の要職を担わせたり、ともにゴルフに行ったりと親交を深めた。一方、小林代表幹事や三村会頭には「きわめて冷淡だった」(企業経営者の一人)という。

 政権批判的な発言に対しては官邸関係者から経済団体や企業に有形無形の圧力もかかった。こうして財界には「物言えぬ空気」が次第に定着していった。

「与党はもはや経済界からの政治献金に期待していない」

 経営者が個人の立場で参加する経済同友会は、財界の中では比較的しがらみが少なく、自由に物を言いやすい組織である。前代表幹事の小林喜光氏の発言も、しばしば政権関係者たちの顔をしかめさせた。

 とはいえ7年近くなった長期政権に不都合な提言をしたところで、黙殺されてしまっているのが現実である。そのなかで櫻田新代表幹事にどれほどのことができるものか。

 そんな空気が漂う記者会見で、櫻田氏は「政府の未来投資会議や全世代型社会保障検討会議が痛みを伴う改革に一歩も前に進もうとしないなら、相当しっかり物申していかないといけないと思っている」ときっぱり語った。

経済同友会の新代表幹事に就いた櫻田謙悟氏が日本記者クラブで初の記者会見に臨んだ=2019年9月24日

 「未来投資会議」は政府の成長戦略を作るための戦略会議、「全世代型社会保障検討会議」は団塊の世代が全員後期高齢者になって社会保障費が急増する2025年までに制度を立て直すための構想会議である。いずれも安倍首相はじめ関係閣僚がメンバーとして入り、有識者を交えて話し合う場だ。櫻田氏はいずれにも参加しており、提言しやすい立場にある。

 櫻田氏は、物言えば唇寒しの財界が置かれている客観状況についても、それを認め、冷静に分析しているようだった。いわく、政党交付金に支えられている与党はもはや経済界からの政治献金に期待していない、高齢の有権者が増えてシルバー民主主義が横行しつつあるなかでは財界の集票能力だって期待されていない、と。

 「財界が物を言っても、政権にとって痛くもかゆくもない、というのでは意味がない」。櫻田氏はそう言う。もっともである。

 では、どうするか?

SNSを駆使して政策提言を発信

 櫻田氏が思い描くのは、若者たちの支持を取りつけ、若者たちを動かす影響力をもった同友会の姿だ。

 「若い人たちの投票行動に影響を与えられれば、政権にも大変な影響力がもてるのではないか」という。そのために、SNSなどを駆使して政策提言を発信し続ける新たな試みを目下検討中だという。

 櫻田同友会はいま、

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