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安倍首相は「トランプ・ファースト」を貫いた

米国はもうTPPに復帰しない~日本が大幅譲歩を重ねた日米貿易交渉を総括する

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

「ウィンウィン」ではなく、トランプにとって「ウィン」

 9月25日、モノの貿易に関する日米の交渉が大筋合意し、両国首脳が共同声明に署名した。安倍首相は会談後の記者会見で「両国のすべての国民に利益をもたらすウィンウィンの合意となった」と自賛した。

 しかし、米中貿易戦争で離れかけていた中西部での農業票を繋ぎ止めることができたトランプ大統領にとってはウィンの合意だが、日本にとっても米国にとってもルーズの合意だ。

 米国の大統領選挙の勝敗を左右するスイングステイトの多くが中西部にある。ペンシルベニア、オハイオ、ミシガン、アイオワなどだ。中西部で勝たなければトランプの再選はない。

 その中西部はラストベルトであると同時に、コーンベルトと呼ばれる農業地域でもある。トランプとしては、伝統的に共和党を支持してきた農家を民主党候補に投票させるわけにはいかない。

拡大共同声明署名式を終え、握手を交わす安倍晋三首相(左)とトランプ米大統領=2019年9月25日、米ニューヨーク

不要な二国間交渉に応じた日本

 トランプがTPPから離脱したため、TPP11や日EU自由貿易協定によって、オーストラリア、カナダ、デンマークなどの牛肉や豚肉に対する日本の関税が、米国産よりも低くなった。これらの米国産業が日本市場への輸出を減少させ、打撃を受ければ、これらにエサとして大豆、トウモロコシを供給する中西部の農家も打撃を受ける。

 TPPに復帰すれば問題は解消するが、トランプはTPPはひどい合意だと主張してTPPから離脱したため、日米FTA交渉をするしかない。

拡大首脳会談拡大会合で、農業関係者(左上)の発言を聞くトランプ米大統領(右端)。右から2人目は安倍晋三首相=2019年9月25日、米ニューヨーク

 一方、日本は日米FTAがなくても今まで通り米国に自動車を輸出できるので、日本にとって日米FTAは必要なかった。

 しかし、日本は、米国が通商拡大法232条を利用して安全保障の観点から自動車への追加関税を行うということに過敏に反応して、日米FTA交渉に応じた。

 自動車の追加関税ができるとは思わない。同じく安全保障上の理由から鉄鋼については関税を引き上げたが、原料として使われるだけの鉄と最終消費財として多くの米国国民に購入される自動車とは全く異なる。自動車については就任後2年以上を経過した今年の5月に決定の時期を迎えたが、それをさらに180日先送りしている。

 ドイツ、フランス、スウェーデンなどの自動車産業を抱えるEUも、当初自動車への追加関税を避けるために米国と関税撤廃に向けた通商交渉を行うことに合意した。交渉を行っている間は追加関税をかけないことをトランプが約束したからだ。日本が二国間交渉に応じたのは、このEUの行動を見たからである。

 しかし、その後の状況から、米国が追加関税を発動できないという事情を見透かしたEUは、未だに米国との交渉を開始していない。


筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年東京大学公共政策大学院客員教授。「いま蘇る柳田國男の農政改革」「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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